1919年10月に録音された音楽

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1919年10月に録音された音楽

1919年10月は、第一次世界大戦後の秩序再編が政治・交通・労働・大衆文化の各分野で具体化した月でした。10月2日にはアメリカ合衆国大統領ウッドロウ・ウィルソン(Woodrow Wilson, 1856–1924)が重い脳卒中に倒れ、ヴェルサイユ条約(Treaty of Versailles)と国際連盟(League of Nations)をめぐる政治過程に大きな影響を残しました。7日にはコンインクレイケ・ルフトファールト・マートスハッペイ・フォール・ネーデルラント・エン・コロニエン(Koninklijke Luchtvaart Maatschappij voor Nederland en Koloniën)が創設され、13日には航空航行規則に関する条約(Convention Relating to the Regulation of Aerial Navigation)がパリで調印されました。28日にはアメリカ合衆国議会が国家禁酒法(National Prohibition Act)を成立させ、29日にはワシントンで国際労働会議第1回会期(First Session of the International Labour Conference)が始まりました。スポーツと大衆文化の面では、10月1日–9日のワールドシリーズ(World Series)でシンシナティ・レッズ(Cincinnati Reds)がシカゴ・ホワイトソックス(Chicago White Sox)を破り、後年まで語られる1919年のシリーズとして記憶されることになります。

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1919年10月の録音に関する情報のまとめ

1919年10月の録音業界では、秋から年末商戦へ向かう時期にあたり、各社が新譜告知、実演販売、比較試聴、分割払い販売を積極化させていました。業界誌には需要増と供給制約の併存、卸売体制の強化、販路拡張の動きが見え、新聞広告には各地の販売店が機械とレコードを一体で訴求する様子が繰り返し現れます。以下は、1919年10月の資料上で活動を確認できる主要企業と販売網の動きです。

ヴィクター

ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Co.)は、1919年10月もヴィクトローラとレコードを一体の商品として強く訴求していました。業界誌では機械とレコードが製造工程上で協調されるべき製品だと明示され、10月16日付の広告では「10月中旬のヴィクター・レコード」が告知されており、当月中も継続的に新譜投入と販売促進が行われていたことが確認できます。

コロムビア

コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)は、10月初頭の業界誌で中西部販売が非常に好調で、グラフォノラとレコードの売れ行きが在庫量に左右されるほどだと報じられていました。新聞面でも10月3日付に「10月発売盤」が店頭に出たことが示されており、需要の強さと新譜供給が同時に進んでいたことがわかります。

エジソン

トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)の「ニュー・エジソン」は、1919年10月の広告で高級機として継続的に販売されていました。月末まで新聞広告が続いており、実演と月賦販売を含む店頭訴求が当月を通じて行われていたことが確認できます。

エオリアン=ヴォカリオン

エオリアン社(The Aeolian Company)のエオリアン=ヴォカリオン(Aeolian-Vocalion)は、10月の新聞広告で毎日の実演販売やセット販売が確認できます。機械単体ではなくヴォカリオン・レコードとあわせた家庭用音楽装置として売り出されており、販売店主導の実売体制が強く出ていました。

ブランズウィック

ブランズウィック=バルク=コレンダー社(The Brunswick-Balke-Collender Company)のブランズウィック・フォノグラフ(Brunswick Phonograph)は、1919年10月に比較試聴を重視した広告を繰り返し出していました。10月2日、18日、29日の広告では音の通り道や再生方式の優位が強調されており、秋商戦の主力機として継続的に販促されていたことが確認できます。

パテ

パテ・フレール・フォノグラフ社(Pathé Frères Phonograph Company)のパテ・レコード(Pathé Records)とパテ・フォノグラフ(Pathé Phonograph)は、10月9日と23日の広告でインディアナ州内の販売網と新譜訴求が確認できます。月末広告では耐久性保証と専用再生方式も前面に出されており、地方販売店網の拡張と機械・レコード一体の訴求が進んでいました。

オーケー

ゼネラル・フォノグラフ社(General Phonograph Corporation)のオーケー・レコード(Okeh Records)は、1919年10月の業界誌でレコード部門の販促強化と西部市場巡回が報じられています。専門的な整理でもこの月に社名変更が位置づけられており、10月はオーケー・レコードの販売体制を新会社名のもとで整えつつあった時期とみられます。

ソノラ

ソノラ・フォノグラフ社(Sonora Phonograph Co.)のソノラ(Sonora)は、10月11日と20日の広告で比較試聴を前提とした販売が確認できます。各社のディスク盤を良好に再生できることや外観の美しさが強調されており、性能比較で競争する蓄音機ブランドとして存在感を示していました。

チェイニー

チェイニー・トーキング・マシン社(Cheney Talking Machine Co.)のチェイニー・フォノグラフ(Cheney Phonograph)は、1919年10月下旬の広告で音色の豊かさと原音への忠実さを前面に出していました。23日と30日の広告では、店頭での実演を通じて他機種との差別化を図っていたことが確認できます。

スター

スター・ピアノ社(Starr Piano Co.)は、1919年10月にヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Co.)との法的対立の中で重要な位置を占めていました。アメリカ議会図書館の録音史年表では、この月にヴィクター側の差止請求が退けられたことが示されており、独立系メーカーの活動継続に関わる重要な転機でした。