1907年11月に録音された音楽

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1907年11月に録音された音楽

1907年11月は、政治と経済の転換点が同時に見えた月でした。11月16日、アメリカ合衆国大統領セオドア・ルーズベルト(Theodore Roosevelt, 1858–1919)の布告により、オクラホマ州がアメリカ合衆国46番目の州として加盟しました。アメリカ合衆国では10月から続く1907年恐慌(Panic of 1907)の動揺が11月も尾を引き、金融不安が実体経済へ波及しました。11月13日、フランスの技術者ポール・コルニュ(Paul Cornu, 1881–1944)が回転翼機で短時間の浮上飛行を行い、航空技術の新領域を示しました。11月19日には、ロンドンでの商業協定(英語正式名称は資料上の表題どおり)など、通商をめぐる外交文書も動いています。文化面では、11月20日にマドリードのテアトロ・レアル(Teatro Real)でジャコモ・プッチーニ(Giacomo Puccini, 1858–1924)のオペラ『蝶々夫人』(Madama Butterfly)のスペイン初演が行われ、ジャポニスムの受容とも結びつきました。さらに11月28日には、ベルギー王国(Kingdom of Belgium)とコンゴ独立国(Congo Free State)の間で「割譲・併合」に関する条約が署名されたことが外交記録に残り、帝国主義的秩序の再編も進みました。

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1907年11月の録音に関する情報のまとめ

1907年11月の録音ビジネスは、カタログと広告を通じて「新譜をいつ、どの条件で流通させるか」が細かく管理されていたことが一次資料から確認できます。アメリカ合衆国のナショナル・フォノグラフ・カンパニー(National Phonograph Company)は、雑誌広告の再録や補遺の訂正告知、取引停止(Suspended List)の更新などを通じ、流通統制と情報伝達を月次で行っていました。また、外国語レコード(Foreign Records)については、1907年11月中に送付された書簡で在庫・カタログ運用の方針が告知され、翌月の新カタログ発行へ接続していきます。

新譜の告知と「発売解禁日時」の統制

1907年11月向けの広告文では、1907年10月26日付の媒体掲載として「11月のエジソン・レコード(Edison Records)」の告知が行われ、ジョバー(Jobbers)やディーラー(Dealers)に対して、出荷・配布と「一般への流通開始」のタイミングを分けて管理する運用が確認できます。こうした告知は、月次の新譜需要を作るための中核であり、同時にフライング販売を防ぐための統制手段でもありました。

カタログ補遺(Supplement)の訂正告知

1907年11月号では、補遺(Supplement、Form 1166)に掲載されたレコード番号の誤りについて、具体的な「正誤」が告知されています。番号訂正は、注文・在庫管理・顧客案内を番号で運用する録音産業にとって実務上の要であり、月刊媒体が「配布済み印刷物のエラー訂正」にも使われていたことが分かります。

取引停止(Suspended List)の更新

1907年11月1日付の取引停止(Suspended List)が、1907年11月号に掲載されています。取引停止は、信用・支払い条件・出荷可否と直結するため、録音ソフト(レコード)と再生機(フォノグラフ)の双方を扱う流通網におけるリスク管理の仕組みとして機能していました。

外国語レコードの在庫運用と新カタログ予告

外国語レコード(Foreign Records)については、1907年11月9日付でジョバー宛の書簡が送られ、外国語レコードの扱い(在庫の持ち方、注文の集約、カタログ運用)に関する方針が示されています。書簡の内容は翌月号で再録され、1907年12月に新しい外国語レコード・カタログ(Foreign Record Catalogue)を発行する予定である旨も述べられています。