1907年10月に録音された音楽

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1907年10月に録音された音楽

1907年10月は、国際秩序と経済不安、そして都市生活の近代化が同時進行した月でした。10月18日、オランダ・ハーグで第二回ハーグ平和会議(Second International Peace Conference)が閉幕し、戦時国際法や中立国の権利義務などを扱う諸条約の最終文書が署名されました。北米では10月下旬に金融不安が急速に深まり、1907年恐慌(Panic of 1907)の中心局面が始まります。中央アジアでは10月21日の大地震(カラタグ地震)が大きな犠牲を出し、自然災害の脆弱性が露呈しました。都市交通の面では、ニューヨーク市でメーター付きのガソリン自動車タクシーが10月に営業を開始し、移動サービスの商業化が加速します。文化面では、パリのサロン・ドートンヌ(Salon d’Automne)でポール・セザンヌ(Paul Cézanne, 1839–1906)の回顧的展示が10月に行われ、近代絵画の評価軸が再編されていきました。

この月の確認されている録音:0曲

1907年10月の録音に関する情報のまとめ

1907年10月は、トーキングマシン産業が景気後退の直撃を受け始めた時期である一方、企業側では次世代商品の準備(長時間再生や商品構成の見直しなど)につながる動きも進みつつあった月です。一次資料で「1907年10月」と結び付けて確認できるトピックに絞って記します。

金融危機(1907年恐慌)がレコード産業の需要と雇用に影響し始める

1907年10月下旬に金融危機が顕在化し、その後の景気後退がトーキングマシン(レコードと蓄音機)の販売環境を悪化させたことが、業界史の研究で明示されています。主要企業の中でも、コロンビア・レコード(Columbia Records, 正式社名の表記は資料上確認できず)は雇用調整や賃金削減を迫られた、とされています。

トーマス・エジソン社で長時間再生シリンダーに向けた実験録音が記録に現れる

トーマス・エジソン(Thomas Edison, 1847–1931)の長時間再生シリンダー(後のアンベロル)開発では、1907年1月に四分再生方式の特許出願が行われ、その後「1907年10月」に実験的な録音セッションが社内記録(スタジオの帳簿)に現れ始めた、と整理されています。1907年10月は、商品化(1908年10月1日)より前段の“録音実験が月単位で確認できる”節目に当たります。