1908年5月に録音された音楽

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1908年5月に録音された音楽

1908年5月は、国際協調を掲げる大規模博覧会の開幕と、資源・金融制度をめぐる転機が重なった月です。1908年5月14日、ロンドンで仏英博覧会(Franco-British Exhibition)が開幕し、英仏協商(Entente Cordiale, 1904年締結)を背景に産業・文化を広く示す場が設けられました。1908年5月20日、オランダ領東インド(Dutch East Indies)でブディ・ウトモ(Budi Utomo)が創設され、現地の社会運動の組織化が進みます。1908年5月26日、ペルシア(Persia)のマスジェド・ソレイマーン(Masjed Soleyman)で大規模な石油が確認され、地域の資源開発史に影響する出来事となりました。外交では1908年5月2日にアメリカ合衆国とオランダ王国(Kingdom of the Netherlands)が仲裁条約をワシントンで署名し、1908年5月18日にはアメリカ合衆国とグレートブリテン及びアイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Ireland)が囚人移送や難破・救助に関する相互権利の条約へ署名しました。金融面では1908年5月30日、アメリカ合衆国でオルドリッチ=ヴリーランド法(Aldrich–Vreeland Act)が成立し、恐慌後の流動性確保と制度整備が進められました。

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1908年5月の録音に関する情報のまとめ

1908年5月の録音関連情報は、作品単位の新譜発表よりも、トーマス・アルバ・エジソン(Thomas Alva Edison, 1847–1931)系シリンダーの長時間化(四分録音)へ向けた開発・供給体制の具体化が中心です。一次資料として確認できる範囲では、同月は「四分方式の録音・製造・販売準備」が進む時期にあたり、流通現場向けの通達(部品供給の標準化、在庫整理、旧譜の扱い)が『エジソン・フォノグラフ・マンスリー(Edison Phonograph Monthly)』に日付付きで記録されています。

アンベロール開発

四分録音は、二分シリンダーと同一寸法のまま溝密度を高めて長時間化する方式で、1908年春の段階から四分シリンダー録音の記録が継続して残ります。アンベロール(Amberol)が一般向けに導入された日付として1908年10月1日が示されるため、1908年5月は発売月ではなく、四分方式の録音・製造・販売準備が進行していた時期として整理できます。

エジソン・フォノグラフ・マンスリーの1908年5月通達

『エジソン・フォノグラフ・マンスリー(Edison Phonograph Monthly)』1908年号(第6巻)では、1908年5月2日付の販売部門通達(Sales Department Bulletin No. 9)として、ホーン(horn)の割戻し条件(数量、同一種類、梱包単位)を統一的に運用するための説明が掲載されています。さらに1908年5月6日付(Sales Department Bulletin No. 10)では、送りネジ(feed nut)関連部品を単体ではなく組み付け済みで供給する方針が示され、修理・調整の現場運用を標準化する動きが確認できます。

旧譜整理(カットアウト)と外国語録音の扱い

同巻には、1908年4月30日付の通達(Sales Department Bulletin No. 8)として、特定の外国語系レコード(スペイン語録音を含む)の在庫・金型事情を理由に、在庫終了後にカットアウト(cut-outs)扱いとする方針が示されています。1908年5月に「新たな外国語新譜」があったかどうかは本資料だけでは確定できませんが、少なくとも1908年5月直前の時点で、外国語録音を含む既存カタログの整理が進められていたことは確認できます。