1920年12月に録音された音楽

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1920年12月に録音された音楽

1920年12月は、第一次世界大戦後の国際秩序が制度として固まり始めた月でした。ジュネーヴでは国際連盟(League of Nations)第1回総会が11月15日–12月18日に開かれ、12月13日には常設国際司法裁判所(Permanent Court of International Justice)規程が採択されました。12月15日にはオーストリア共和国(Republic of Austria)、16日にはブルガリア王国(Kingdom of Bulgaria)、コスタリカ共和国(Republic of Costa Rica)、フィンランド共和国(Republic of Finland)、ルクセンブルク大公国(Grand Duchy of Luxembourg)が国際連盟に加入し、戦後外交の枠組みが拡大しました。12月16日には中国で海原地震(1920 Haiyuan earthquake)が発生し、大きな被害をもたらしました。12月23日にはアイルランド統治法1920年法(Government of Ireland Act 1920)が裁可され、北アイルランドと南アイルランドの議会設置が法制化されました。さらに12月25日–30日のトゥール大会ではフランスの社会主義運動が分裂し、後のフランス共産党(Parti communiste français)につながる再編が進みました。文化面では12月10日にノーベル賞授与式が行われ、戦後社会の科学・文学・平和思想を象徴する年末となりました。

この月の確認されている録音:0曲

1920年12月の録音に関する情報のまとめ

1920年12月の録音業界では、年末商戦に向けた新譜補遺と店頭販促が活発で、同時にニューヨークを中心にダンス楽団や声楽の録音も続いていました。現時点で当月の資料上で直接確認できるのは、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)の12月補遺、コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)のクリスマス向け販促、ゼネラル・フォノグラフ社(General Phonograph Corp.)のオーケー・レコード(OKeh Records)に関する店頭施策、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)の実演・録音活動、ブランズウィック・バルク・コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Co.)の12月頃の録音、パテ・フレール・フォノグラフ社(Pathé Frères Phonograph Company)の販売活動です。以下では、12月の資料で活動を確認できる企業だけを挙げます。

ヴィクター

ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)では、1920年12月付の『New Victor Records』補遺が確認できます。同社が1920年末にも月次の新譜告知を継続し、年末商戦に合わせて販促用の補遺を発行していたことがわかります。

コロムビア

コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)では、1920年末の贈答需要に合わせてクリスマス用レコード封筒を用いた販売促進が確認できます。また、録音記録では、マンハッタン・カルテット(Manhattan Quartett)によるドイツ語系レパートリーが1920年12月頃の録音として残っており、同社が年末にも多言語市場へ向けた制作を続けていたことがわかります。

オーケー

ゼネラル・フォノグラフ社(General Phonograph Corp.)のオーケー・レコード(OKeh Records)では、1920年12月15日号の業界誌に、クリスマス・ウィンドウから始める店頭装飾サービスが掲載されており、販売店向けの陳列支援を進めていたことが確認できます。録音面では、ニコラス・オーランドズ・オーケストラ(Nicholas Orlando’s Orchestra)による楽曲が1920年12月録音として残っており、同社が年末にもダンス楽団録音を継続していました。

エジソン

トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)では、1920年12月15日号の業界誌に、エジソン・トーン・テスト(Edison Tone-Test)の実演法に関する工夫が見え、販売現場での実演改善が続いていたことが確認できます。録音記録でも、1920年12月3日の録音日一覧と同月の演奏記録が残っており、同社が年末にも新規制作を続けていたことがわかります。

ブランズウィック

ブランズウィック・バルク・コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Co.)では、アイシャム・ジョーンズ・オーケストラ(Isham Jones Orchestra)による複数のマトリクスが1920年12月頃の録音として確認できます。録音日は1920年12月頃とされており日付までは確定できませんが、同社が年末にも都市ダンス楽団の録音を継続していたこと自体は確認できます。

パテ

パテ・フレール・フォノグラフ社(Pathé Frères Phonograph Company)では、1920年12月15日号の業界誌にフォノラ(Phonola)の販売に関する動きが見えます。当月の誌面上で販売活動は確認できますが、この資料だけでは同月の録音日までは確定できません。