1921年4月に録音された音楽
1921年4月は、第一次世界大戦後の政治再編と新しい大衆メディアの定着が並行して進んだ月です。4月初頭にはアルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein, 1879–1955)とハイム・ヴァイツマン(Chaim Weizmann, 1874–1952)がアメリカ合衆国を訪れ、科学と公共文化の双方で大きな話題になりました。4月11日にはKDKA放送局(KDKA)がボクシング実況を放送し、ラジオの即時中継が新しい段階に入りました。同じ4月にはトランスヨルダン首長国(Emirate of Transjordan)の統治体制が整えられ、4月12日にはウォレン・ガマリエル・ハーディング(Warren Gamaliel Harding, 1865–1923)が特別議会を招集して、アメリカ合衆国は戦後の財政と経済の再建に本格的に向き合いました。さらに4月27日には連合国賠償委員会がドイツの賠償総額を1320億金マルクに定め、4月30日にはライガ条約(Treaty of Riga)が発効して、東ヨーロッパの戦後国境が法的に確定しました。
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1921年4月の録音に関する情報のまとめ
1921年4月の録音業界では、各社が春の販売立て直しを急ぎ、価格改定、販売店支援、新譜投入、実演販売、卸売会合が同時進行していました。コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Company)は10インチ両面盤の価格を85セントへ引き下げ、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)は月初発売と卸売網の会合を進め、パテ・フレール・フォノグラフ社(Pathé Frères Phonograph Co.)はアクチュエルと販売店支援を前面に出しました。エオリアン社(The Aeolian Company)のヴォカリオン(Vocalion)、ゼネラル・フォノグラフ社(General Phonograph Corp.)のオーケー・レコード(Okeh Records)、ソノラ・フォノグラフ社(Sonora Phonograph Company, Inc.)も需要回復を見込み、4月の業界誌には販売網の維持と拡張を示す記事と広告がまとまって現れています。
ヴィクター
1921年4月のヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)は、4月新譜の月初発売を維持していました。4月2日付の広告では「Victor Records for April on Sale Today!」と告知され、同月6日には東部の卸売業者がボストンでの会合へ向かっており、4月15日号の業界誌でも卸売業者会合と販売店向けの教育的活動が大きく扱われています。4月のヴィクターは、新譜供給と卸売網の引き締めを並行して進めていました。
- https://archive.org/stream/talkingmachinew17bill/talkingmachinew17bill_djvu.txt
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/20s/Talking-Machine-1921-04.pdf
- https://newspapers.library.in.gov/?a=d&d=IPT19210402.1.14
コロムビア
コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Company)は、1921年4月に販売条件の見直しをはっきり打ち出しました。4月15日号の『The Talking Machine World』では、10インチのブルー・ラベル盤とE系列盤を即時に85セントへ引き下げたことが告知されており、同じ号の地方欄では3月から4月にかけての販売計画会議や販売店巡回も報じられています。さらに4月20日付の新聞広告では、すでに5月リストが発売中とされており、同社が4月下旬には次月分の販売へ移っていたことも確認できます。
- https://archive.org/stream/talkingmachinew17bill/talkingmachinew17bill_djvu.txt
- https://www.nyshistoricnewspapers.org/?a=d&d=tew19210420-01.1.18
- https://newspapers.library.in.gov/?a=d&d=LCT19210420.1.6
ブランズウィック
ブランズウィック=バルク=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Company)は、4月の新譜投入と販売店管理の整備を進めていました。4月1日付広告では「APRIL Brunswick Records — ON SALE TODAY」と告知され、4月27日付広告ではすでに5月盤が発売中とされており、月内で次回発売分へ販促の重心が移っていたことがわかります。4月15日号の業界誌でも、在庫管理のためのインヴェントリー・システムが販売店に浸透しつつあることが報じられており、同社が販売体制の合理化を重視していたことが確認できます。
- https://archive.org/stream/talkingmachinew17bill/talkingmachinew17bill_djvu.txt
- https://cdnc.ucr.edu/?a=d&d=CR19210401.2.38.3
- https://newspapers.library.in.gov/?a=d&d=DCDD19210427.1.3
エジソン
トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)は、1921年4月にもアンベローラ系製品の販促を継続していました。4月15日号の『The Talking Machine World』には「Edison Amberola Message No. 16」が掲載され、エジソン・ダイヤモンド・アンベローラを低価格で高音質な機械として押し出しています。4月1日付の地方紙広告でも、家庭での試聴を促す表現が見え、同社が家庭内聴取を軸に販売を進めていたことが確認できます。
- https://archive.org/stream/talkingmachinew17bill/talkingmachinew17bill_djvu.txt
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/20s/Talking-Machine-1921-04.pdf
- https://www.virginiachronicle.com/?a=d&d=NNN19210401.1.4
パテ
パテ・フレール・フォノグラフ社(Pathé Frères Phonograph Co.)は、1921年4月に販売店支援とアクチュエルの押し出しを強めていました。4月15日号の『The Talking Machine World』では、販売店向けに手紙や業界記事を送り、アクチュエル機と新しいアクチュエル盤を重点的に売り込んでいることが報じられています。新聞広告でも、4月21日と29日に「Pathe plays all makes of records」という訴求が見え、他社盤再生との互換性を前面に出した販売が行われていました。
- https://archive.org/stream/talkingmachinew17bill/talkingmachinew17bill_djvu.txt
- https://newspapers.library.in.gov/?a=d&d=LCT19210421.1.10
- https://newspapers.library.in.gov/?a=d&d=LCT19210429.1.14
ヴォカリオン
エオリアン社(The Aeolian Company)のヴォカリオン(Vocalion)は、1921年4月に配給網と広告展開の両面で動いていました。4月15日号では、ヴォカリオン製品の配給拠点が一覧化され、全米の流通体制が明示されています。さらに同号のシカゴ欄では、新しいヴォカリオン・レッド・レコードを85セントで新聞広告していること、その広告が販売店に需要を生んでいることが報じられており、4月の段階で積極的な販促が行われていました。
- https://archive.org/stream/talkingmachinew17bill/talkingmachinew17bill_djvu.txt
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/20s/Talking-Machine-1921-04.pdf
オーケー
ゼネラル・フォノグラフ社(General Phonograph Corp.)のオーケー・レコード(Okeh Records)は、1921年4月にもマミー・スミス(Mamie Smith, 1883–1946)盤を核に強い需要を示していました。4月15日号の『The Talking Machine World』には、マミー・スミス盤を常時補充するよう求める全面訴求が掲載されており、地方欄でもマミー・スミス盤の人気が注文増につながっていることが報じられています。また同号では、オットー・ハイネマン(Otto Heineman, 1877–1955)率いる会社側がカナダ支社やオハイオ州イライリア工場を視察していたことも記されており、製造と販売の両面で体制整備が続いていました。
- https://archive.org/stream/talkingmachinew17bill/talkingmachinew17bill_djvu.txt
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/20s/Talking-Machine-1921-04.pdf
ソノラ
ソノラ・フォノグラフ社(Sonora Phonograph Company, Inc.)は、1921年4月に需要回復を前向きに捉えていました。4月15日号の業界誌には全国向け広告が掲載され、同社が32機種を50ドルから1800ドルの価格帯で展開していることが示されています。さらに同号の地方欄では、ピッツバーグの配給側が需要が供給を上回っていると述べており、4月のソノラが販売店側で手応えを得ていたことが確認できます。
- https://archive.org/stream/talkingmachinew17bill/talkingmachinew17bill_djvu.txt
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/20s/Talking-Machine-1921-04.pdf
