1897年9月に録音された音楽
1897年9月は、都市のインフラと帝国・移民・大衆文化が交差する出来事が各地で起きた月です。1897年9月1日、アメリカ合衆国マサチューセッツ州ボストンでトレモント・ストリート地下鉄(Tremont Street subway)が開業し、北アメリカ最古の地下鉄トンネルとして都市交通の転機になりました。1897年9月10日にはアメリカ合衆国ペンシルベニア州ラティマーでラティマー虐殺(Lattimer massacre)が発生し、移民鉱夫のストライキと治安当局の衝突が労働運動史の節目として記録されます。1897年9月12日、イギリス領インド帝国(British Raj)の北西辺境でサラガリの戦い(Battle of Saragarhi)が起き、少数守備隊の防衛戦が語り継がれました。1897年9月11日以降、ハワイ共和国(Republic of Hawaiʻi)ではハワイ併合反対請願(Kūʻē Petitions)署名収集が始まり、併合に反対する民意が大量の署名として可視化されました。1897年9月21日、アメリカ合衆国ニューヨークの新聞ザ・サン(The Sun)にフランシス・ファーセルス・チャーチ(Francis Pharcellus Church, 1839–1906)の社説「イエス、ヴァージニア(Yes, Virginia, there is a Santa Claus)」が掲載され、大衆メディアの象徴的文章として広く再録されていきます。同じく1897年9月2日、ニコラ・テスラ(Nikola Tesla, 1856–1943)が送電に関する特許出願を行い、高周波技術をめぐる研究競争が次の時代の通信・電力技術へ連なっていきます。
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1897年9月の録音に関する情報のまとめ
1897年9月の録音史を一次史料で確定できる範囲に限ると、円盤式グラモフォンと円筒式フォノグラフが並走する中で、特許・事業展開・量産体制の整備が進んでいたことが確認できます。
ベルリナーのグラモフォン関連特許と国際展開の動き
1897年9月17日、エミール・ベルリナー(Emile Berliner, 1851–1929)はグラモフォンのサウンドボックスに関する特許を出願しており、円盤再生機構の改良が同時代的に進められていたことが分かります。また、1897年にエミール・ベルリナー(Emile Berliner, 1851–1929)が事業関係者をイングランドへ派遣した経緯が整理されており、円盤録音ビジネスの国際展開が準備段階にあったことが確認できます。
- https://patents.google.com/patent/US637196A/en
- https://www.loc.gov/collections/emile-berliner/articles-and-essays/gramophone/
エジソンの円筒録音量産体制の整備
アメリカ合衆国の国立公園局エジソン国立歴史公園(Edison National Historical Park)は、トーマス・アルバ・エジソン(Thomas Alva Edison, 1847–1931)が1896年–1897年にナショナル・フォノグラフ・カンパニー(National Phonograph Company)を組織し、音楽・娯楽の円筒録音を量産し始めた旨を示しています。加えて、1897年頃のエジソン式円筒複製機(c.1897)に関する博物館収蔵情報から、複製・供給の実務を支える装置類が同時期に存在していたことも確認できます。
- https://www.nps.gov/edis/learn/photosmultimedia/the-recording-archives.htm
- https://collection.sciencemuseumgroup.org.uk/objects/co117387/edison-phonograph-cylinder-duplicator-c-1897
