1904年5月に録音された音楽

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1904年5月に録音された音楽

1904年5月、ロシア帝国と大日本帝国の戦争では、遼東半島で南山の戦い(1904年5月24日–26日)が起き、旅順(Port Arthur)方面の陸上戦が激化しました。中米ではパナマ運河(Panama Canal)建設をめぐり、アメリカ合衆国がフランス側事業からの引継ぎを進め、1904年5月4日に引継ぎの儀式が行われました。スポーツ分野では国際サッカー連盟(Fédération Internationale de Football Association)が1904年5月21日にパリで創設され、各国協会の国際試合を統括する枠組みが成立しました。アメリカ合衆国のプロ野球ではサイ・ヤング(Cy Young, 1867–1955)が1904年5月5日に完全試合を達成し、近代ルール下の象徴的記録として位置づけられています。さらに、セントルイスで開催中のルイジアナ購入博覧会(Louisiana Purchase Exposition)は4月末の開幕直後で、5月は各国・各州の展示が本格稼働し、都市の観光・消費・娯楽を強く押し上げた時期に当たります。

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1904年5月の録音に関する情報のまとめ

1904年5月は、円筒レコード事業を主軸としたナショナル・フォノグラフ・カンパニー(National Phonograph Company)が、業界向け定期刊行物『エジソン・フォノグラフ・マンスリー(The Edison Phonograph Monthly)』で販売・流通の実務情報を集中的に示した月として一次資料で確認できます。同号には、セントルイスで開催中のルイジアナ購入博覧会(Louisiana Purchase Exposition)における同社の出展に関する項目が掲げられ、加えて翌月向けのエジソン・ゴールド・モールド・レコード(Edison Gold Moulded Records)の新譜予告と、注文締切などの運用が明記されています。また、再生機構の周辺部品(スタイラス等)をめぐる差止命令文も掲載され、録音関連ビジネスが媒体だけでなく周辺部材・権利管理まで含む領域として展開していた状況が読み取れます。

ナショナル・フォノグラフ・カンパニーとルイジアナ購入博覧会

『エジソン・フォノグラフ・マンスリー(The Edison Phonograph Monthly)』1904年5月号(第2巻第3号)の掲載項目として「セントルイスにおけるナショナル・フォノグラフ・カンパニー出展(National Phonograph Exhibit at St. Louis)」が確認できます。少なくとも同誌上では、博覧会が同社の録音・再生製品を対外的に提示する販促・広報の場として扱われていたことが、1904年5月時点の記録として残っています。

エジソン・ゴールド・モールド・レコードの1904年6月向け新譜予告と注文締切

同じく1904年5月号には「1904年6月向け新譜(ADVANCE LIST OF NEW EDISON GOLD MOULDED RECORDS FOR JUNE, 1904)」が掲載され、卸売側の注文締切が1904年5月15日である旨が明記されています。発売前に予告リストを提示し、締切を設けて受注を取りまとめる運用が、一次資料として確認できます。

スタイラス等の周辺部品をめぐる差止命令(1904年5月18日付の掲載)

1904年5月号には、アメリカ合衆国の連邦裁判所(United States Circuit Court, District of New Jersey)における差止命令文が掲載され、1904年5月18日付で、録音再生に関わる装置・部品(文面上でスタイラス等に触れる領域)について製造・使用・販売等を差し止める趣旨が確認できます。録音媒体そのものに限らず、機器・周辺部材まで含む市場が法的統制の対象になっていた状況を、同号の掲載文から一次資料として確認できます。