1908年9月に録音された音楽

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1908年9月に録音された音楽

1908年9月の世界は、外交と産業の再編が目立った月でした。9月15日–16日のブッフラウ会談では、アロイス・レクサ・フォン・エーレンタール(Alois Lexa von Aehrenthal, 1854–1912)とアレクサンドル・イズヴォリスキー(Aleksandr Izvolsky, 1856–1919)がボスニア・ヘルツェゴヴィナをめぐる了解形成を探り、翌月のボスニア危機へつながる外交環境が整いました。アメリカ合衆国では9月16日にゼネラル・モーターズ(General Motors)が法人化され、自動車産業の大規模な集約が進みました。航空分野では、オーヴィル・ライト(Orville Wright, 1871–1948)がフォートマイヤーで長時間飛行を成功させて軍用試験を前進させた一方、9月17日には墜落事故でトマス・セルフリッジ(Thomas Selfridge, 1882–1908)が死亡し、動力飛行の可能性と危険が同時に示されました。公衆衛生の面では、ワシントンで9月下旬に結核展覧会と第6回国際結核会議(Sixth International Congress on Tuberculosis)が開かれ、結核対策を国際協調で論じる場が広がりました。文化と社会の面では、録音・新聞・選挙宣伝が結びつく時代がさらに進み、音声メディアが政治や娯楽の実用品として存在感を強めていきました。

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1908年9月の録音に関する情報のまとめ

1908年9月の録音界で最も重要だったのは、エジソン・アンバロール・レコード(Edison Amberol Record)の公開直前準備が一気に可視化されたことです。『エジソン・フォノグラフ・マンスリー(Edison Phonograph Monthly)』1908年9月号には、10月1日開始の新製品告知、初回50点の発売予定、既存機向け装着部品、コンビネーション型機種、販促用印刷物、そしてウィリアム・ハワード・タフト(William Howard Taft, 1857–1930)とウィリアム・ジェニングス・ブライアン(William Jennings Bryan, 1860–1925)の演説録音販売策が一体で掲載されており、この月が2分シリンダー中心の市場から4分シリンダー併売体制へ切り替わる節目だったことが確認できます。

アンバロール4分シリンダーの本格導入が正式に告知された

1908年9月号掲載の販売部通達では、1908年10月1日を新時代の開始日として、平均4分超の新レコード、既存機を対応させる装着部品、そして新しいコンビネーション型蓄音機の導入が正式に告知されました。新しいエジソン・アンバロール・レコード(Edison Amberol Record)は1インチ当たり200本の細い溝を採用し、従来の2分レコードは当面継続するとされており、同時代のエジソン側が新旧併売を前提に移行を進めていたことがわかります。また、後年のディスコグラフィでは、1908年春には4分用セッションが継続的に行われ、7月30日には帳簿上で「4M」表記が確認できるため、9月の告知は長い試験期間を経た商業化段階だったと整理できます。

初回50点のアンバロール発売予定表が9月号で公開された

1908年9月号には、1908年10月1日発売予定の最初のエジソン・アンバロール・レコード(Edison Amberol Record)50点の案内が掲載されました。初回リストは、エジソン・コンサート・バンド(Edison Concert Band)による「ウィリアム・テル序曲(William Tell Overture)」を先頭に置き、オペラ重唱、宗教曲、ヴォードヴィル、滑稽寸劇、器楽独奏などを混在させた構成で、4分化によって従来は収めにくかった長い構成の作品や場面物を前面に押し出したことが読み取れます。さらにこの初回50点は1908年9月24日に出荷可能とされつつも、小売販売は10月1日以前に認めないと明記されており、9月が告知と受注の月であったことも明確です。

既存機を4分対応へ切り替える装着部品とコンビネーション型機種が整備された

1908年9月の通達では、ジェム(Gem)を除く既存のエジソン蓄音機に対して装着部品が用意され、新しい4分レコードと従来の2分レコードの両方を再生できるようにする方針が示されました。同時に、スタンダード・フォノグラフ・コンビネーション型(Standard Phonograph Combination Type)、ホーム・フォノグラフ・コンビネーション型(Home Phonograph Combination Type)、トライアンフ・フォノグラフ・コンビネーション型(Triumph Phonograph Combination Type)が市場投入され、さらにアイデリア(Idelia)、バルモラル(Balmoral)、コンカラー(Conqueror)、アルヴァ(Alva)も両用仕様で供給すると告知されています。つまり1908年9月は、単に新しいレコードが出る月ではなく、再生機側まで含めた販売体系そのものが組み替えられた月でした。

1908年アメリカ合衆国大統領選挙の演説録音が9月の主要販促材料になった

1908年9月号では、ウィリアム・ハワード・タフト(William Howard Taft, 1857–1930)とウィリアム・ジェニングス・ブライアン(William Jennings Bryan, 1860–1925)の演説録音が、アンバロール導入と並ぶ重要な販売材料として扱われていました。誌面には、新聞が両候補の録音を大きく報じていること、選挙日までは有力な売れ筋になること、店頭ウィンドーに候補者肖像を掲げて販売に結びつけること、さらにタフト録音12点の販促物が配布されていることが記されており、1908年9月には録音メディアが選挙運動の実用品として前面化していたことが確認できます。