1897年3月に録音された音楽

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1897年3月に録音された音楽

1897年3月は、政治・技術・文化が同時進行で動いた月でした。1897年3月4日、ウィリアム・マッキンリー(William McKinley, 1843–1901)がアメリカ合衆国大統領に就任し、政権が交代しました。通信分野では、グリエルモ・マルコーニ(Guglielmo Marconi, 1874–1937)が無線電信に関する出願手続きを進め、のちの遠距離通信の実用化へ向かう流れが強まります。舞台芸術では、ヴァンサン・ダンディ(Vincent d’Indy, 1851–1931)の歌劇が1897年3月12日にブリュッセルで初演され、世紀末の芸術潮流の一端を示しました。1897年3月17日にはネバダ州カーソンシティでボクシング世界戦が行われ、その模様が長尺の映像として記録され、興行と記録技術の結びつきが可視化されます。国際関係では、1897年3月20日にエチオピア帝国をめぐる国境問題に関連した合意が交わされ、列強の利害調整が続きました。音楽の側面でも、グスタフ・マーラー(Gustav Mahler, 1860–1911)の交響曲第3番の一部がベルリンで演奏され、同時代の大規模作品が聴衆の前に姿を現しはじめました。

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1897年3月の録音に関する情報のまとめ

1897年3月は、音の記録そのものに加えて、のちの録音・放送・レコード産業へ波及する通信技術や、記録メディアをめぐる国際的な事業展開が並行して進んだ時期として位置づけられます。以下では、録音(および録音史と密接に関わる記録メディア史)に関わるトピックスを整理します。

ワクス・シリンダーによる事故音再現録音(オーストラリア)

1897年3月11日に発生した鉄道脱線事故(オールンズフォード–ウォーナンブール間)を題材に、トーマス・ローム(Thomas Rome, 生没年不明)がワクス・シリンダーへ再現録音した事例が伝わっています。汽車の発車音や脱線の効果音などを演者が作り込み、出来事を「音のドラマ」として保存・提示した点が重要です。

エミール・ベルリナーの海外展開と円盤レコード事業の拡大

円盤レコードと蓄音機(グラモフォン)をめぐる事業では、エミール・ベルリナー(Emile Berliner, 1851–1929)が1897年にウィリアム・バリー・オーウェン(William Barry Owen, 生没年不明)をイングランドへ派遣し、国外展開を具体化させたことが記録されています。円盤レコードの普及は地域ごとの拠点整備と結びついて進んだため、この動きは「録音物の工業的流通」の基盤形成として重要です。

無線電信の特許手続きと将来の音声伝送への布石

グリエルモ・マルコーニ(Guglielmo Marconi, 1874–1937)は、1897年3月2日に無線電信に関する特許の完全仕様書提出が行われたとされています。これは直接に「録音」ではないものの、のちに音声を遠距離へ送る放送・通信の技術基盤へ連なる動きとして、録音史と隣接する重要な前史です。

大規模興行の映像記録と記録メディアの商業化

1897年3月17日にネバダ州カーソンシティで行われたジェームズ・コーベット(James J. Corbett, 1866–1933)対ボブ・フィッツシモンズ(Bob Fitzsimmons, 1863–1917)の試合は、イーノック・レクター(Enoch J. Rector, 1863–1957)により長尺の映像として記録されました。無声映像ではあるものの、「一回限りの出来事」を複製・上映して収益化する発想は、同時代の録音物ビジネスとも共通する商業的ロジックとして注目されます。