1916年6月に録音された音楽

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1916年6月に録音された音楽

1916年6月は、第一次世界大戦の戦局拡大と各地の政治変動が同時に進んだ月でした。6月3日にはアメリカ合衆国(United States of America)で国防法(National Defense Act of 1916)が成立し、陸軍と州兵の体制拡張が進みました。6月4日にはロシア帝国(Russian Empire)軍のアレクセイ・アレクセーエヴィチ・ブルシーロフ(Aleksey Alekseyevich Brusilov, 1853–1926)がブルシーロフ攻勢(Brusilov Offensive)を開始し、東部戦線の戦況を大きく動かしました。6月5日にはフサイン・イブン・アリー(Hussein ibn Ali, 1853–1931)がオスマン帝国(Ottoman Empire)に対するアラブ反乱(Arab Revolt)を開始し、同日にはイギリス(United Kingdom)のハーバート・ホレイショ・キッチナー(Herbert Horatio Kitchener, 1850–1916)が巡洋艦ハンプシャー沈没で死亡しました。6月6日には中華民国(Republic of China)の袁世凱(1859–1916)が死去し、中国政局はさらに不安定化します。さらに6月5日–7日にはアメリカ合衆国(United States of America)で全国女性党(National Woman’s Party)が結成され、女性参政権運動の新たな局面が始まりました。

この月の確認されている録音:0曲

1916年6月の録音に関する情報のまとめ

1916年6月の録音関連業界では、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)、コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Company)、ドミノ盤(Domino Records)、エオリアン社(Aeolian Company)のエオリアン・ヴォカリオン(Aeolian-Vocalion)、ドメスティック・トーキング・マシン社(Domestic Talking Machine Corporation)の動きを当月の資料上で確認できます。六月の資料は、会社発行誌で販売政策や販売店大会まで追えるもの、業界誌で新製品投入や販売方針を追えるもの、録音日別記録で制作活動を追えるものに分かれており、会社ごとに残る記録の性格は一致しません。そのため、ここでは1916年6月の一次資料・同時代業界資料で直接確認できる事実に限って整理します。

エジソン

トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)の1916年6月号『Edison Phonograph Monthly』では、新しいブルー・アンバロルのカタログが発送中であり、その内容が1916年4月補遺までの発行分を収めることが告知されています。あわせて、エジソン販売店の第二回年次大会がニューヨーク市のホテル・マカルピン(Hotel McAlpin)で6月22日–23日に開かれる予定として案内されており、この月の同社が新カタログ配布と販売店網の組織化を並行して進めていたことがわかります。

ヴィクター

ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)では、1916年6月1日、19日、20日の録音活動をアメリカ議会図書館(Library of Congress)の録音日別記録で確認できます。6月19日にはシックス・ブラウン・ブラザーズ(Six Brown Brothers)の「Pussyfoot March」が記録され、6月20日には同グループの「Bull Frog Blues」も続いているため、六月の同社がニュージャージー州カムデンで継続的に制作を行っていたことがわかります。

コロムビア

コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Company)については、1916年6月1日付の録音として、マトリクス46811「Don’t Leave Me Daddy」が確認できます。さらに同年7月の業界誌では、1916年6月までのレコードを収めた半期カタログが出たことも確認できるため、六月の同社が録音業務を継続しつつ、同月までの発売内容を総覧するカタログ整理も進めていたことがわかります。

ドミノ

1916年6月号の『The Talking Machine World』では、ドミノ盤(Domino Records)が八インチの両面盤で、縦振動式、価格35セントの商品として紹介されています。六月の時点で、新しい廉価盤ブランドが具体的な仕様と価格を伴って市場に提示されていたことを示す資料であり、低価格帯レコード市場の拡張をうかがわせます。

エオリアン・ヴォカリオン

1916年6月号の『The Talking Machine World』では、エオリアン社(Aeolian Company)のエオリアン・ヴォカリオン(Aeolian-Vocalion)が公に市場へ登場したものとして扱われています。六月の同時代業界誌上で、同ブランドが正式な対外展開の段階に入ったことを確認できるため、1916年6月はエオリアン・ヴォカリオンにとって公的な市場参入期として位置づけられます。

ドメスティック

ドメスティック・トーキング・マシン社(Domestic Talking Machine Corporation)については、1916年5月号の業界誌で翌月に新しい蓄音機ラインを出す予定が告知され、1916年6月号ではその販売方法と広告方針を扱う記事が掲載されています。六月の同社は、単なる準備段階ではなく、新製品投入と販売展開を進める段階に入っていたことがわかります。