1918年12月に録音された音楽

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1918年12月に録音された音楽

1918年12月は、第一次世界大戦の休戦直後の秩序再編が一気に表面化した月でした。12月1日、アルバ・ユリア大国民議会(Great National Assembly of Alba Iulia)はトランシルヴァニアのルーマニアへの統合を決議し、同日にはセルビア人・クロアチア人・スロベニア人王国(Kingdom of Serbs, Croats and Slovenes)が成立しました。さらにデンマーク=アイスランド連合法(Danish-Icelandic Act of Union)の発効により、アイスランドはデンマーク国王を共通の元首とする主権国家となりました。12月13日にはウッドロウ・ウィルソン(Woodrow Wilson, 1856–1924)がパリ講和会議(Paris Peace Conference)準備のためパリに到着し、12月14日の1918年イギリス総選挙(1918 United Kingdom general election)では一定条件を満たす女性が初めて総選挙で投票し、コンスタンス・マルキエヴィッチ(Constance Markievicz, 1868–1927)が女性初の当選者となりました。文化面では12月17日にリーヴィ・マデトヤ(Leevi Madetoja, 1887–1947)の交響曲第2番がヘルシンキで初演され、月末のドイツでは12月30日にドイツ共産党(Kommunistische Partei Deutschlands)が結成されました。

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1918年12月の録音に関する情報のまとめ

1918年12月の録音関連資料では、休戦直後の空気を受けた年末販売の活発化がはっきり見えます。『トーキング・マシン・ワールド』(The Talking Machine World)1918年12月15日号では、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Co.)、ゼネラル・フォノグラフ社(General Phonograph Corp.)のオーケー・レコード(Okeh Records)、エオリアン社(The Aeolian Company)のヴォカリオン(Vocalion)などが新譜や販促記事を載せ、新聞広告ではブランズウィック=バルケ=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Co.)とソノラ・フォノグラフ社(Sonora Phonograph Co.)が強い販売文句を打ち出していました。トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)は、アンナ・ケイス(Anna Case, 1888–1984)を起用した「The Final Test」を通じて、新エジソンを高級再生機として訴求していました。

ヴィクター

『トーキング・マシン・ワールド』(The Talking Machine World)1918年12月15日号には、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Co.)の「RECORD BULLETINS FOR JANUARY, 1919」が掲載されていました。1918年12月の段階で同社は年末商戦と年明け発売を連続したものとして扱い、休戦後の家庭需要を見込んだ新譜告知を進めていました。

コロムビア

コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)は、1918年12月向けの月次案内を編成し、11月15日号の『トーキング・マシン・ワールド』(The Talking Machine World)に「RECORD BULLETINS FOR DECEMBER, 1918」を掲載しました。その中には『クリスマスの思い出』(Memories of Christmas)が含まれており、同社が12月販売を明確にクリスマス需要へ結び付けていたことが分かります。さらに『コロムビア・レコード・フォー・ディセンバー・1918』(Columbia Records For December 1918)という当月小冊子の存在も確認できます。

エジソン

トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)は、1918年12月号の『マクルアーズ誌』(McClure’s Magazine)に、アンナ・ケイス(Anna Case, 1888–1984)を起用した全面広告「The Final Test」を掲載しました。この広告は『ランメルモールのルチア』(Lucia di Lammermoor)の狂乱の場を題材に、新エジソンが生演奏にどこまで迫れるかを示す構成で、同社が12月の販促で「音の実演比較」を重視していたことを示しています。

エオリアン・ヴォカリオン

『トーキング・マシン・ワールド』(The Talking Machine World)1918年12月15日号には、エオリアン社(The Aeolian Company)のヴォカリオン(Vocalion)について、「Vocalion record is meeting with an enthusiastic reception」とする短報が見えます。12月の業界誌上では、同社が新譜告知後の販売反応を好感触として伝えており、年末市場でヴォカリオンが確実に動いていたことが分かります。

オーケー

ゼネラル・フォノグラフ社(General Phonograph Corp.)のオーケー・レコード(Okeh Records)は、『トーキング・マシン・ワールド』(The Talking Machine World)1918年12月15日号で「VICTORY MUSIC. WILL WELCOME “THE BOYS”」と題した販促文句を掲げ、帰還兵歓迎と年末需要を結び付けた販売訴求を行っていました。休戦直後の12月に、同社が戦時の愛国的な語彙をそのまま平時移行の商機へ転換していたことが読み取れます。

ブランズウィック

ブランズウィック=バルケ=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Co.)は、1918年12月14日と20日の新聞広告で、ブランズウィック・フォノグラフを「Discords Old Standards」「A REVOLUTION has taken place in the phonograph world」と宣伝しました。12月の同社は旧来機種を過去の標準として退け、自社機を新時代の基準として売り出す攻勢的な広告を反復していました。

ソノラ

ソノラ・フォノグラフ社(Sonora Phonograph Co.)は、1918年12月4日、9日、11日の新聞広告で、自社機を「the highest class talking machine in the world」とし、「plays ALL makes of records better」と訴えました。12月の同社は、音質の格付けと他社レコード再生への対応力を一体で示し、年末商戦で幅広いレコード購入層を取り込もうとしていました。