1895年10月に録音された音楽
1895年10月は、政治の緊張と都市生活の加速が同時に表面化した月でした。1895年10月8日、朝鮮王朝(Joseon)でミョンソン皇后(Empress Myeongseong, 1851–1895)が殺害され、東アジアの外交環境は大きく揺れます。1895年10月21日には台湾民主国(Republic of Formosa)の拠点台南が陥落し、劉永福(Liu Yongfu, 1837–1917)の離脱を経て同政権の瓦解が決定的となりました。ヨーロッパでは1895年10月22日、ガール・ドゥ・ルエスト駅(Gare de l’Ouest)で列車が停止できず駅舎を突き破る事故が発生し、近代交通の光と影が象徴的に記録されます。同じく1895年10月、日本では瀬木博尚(1852–1939)が広告取次業の博報堂を創業し、雑誌広告を軸にした情報流通の基盤が整っていきました。
この月の確認されている録音:0曲
1895年10月の録音に関する情報のまとめ
1895年10月は、平円盤レコードをめぐる制度・技術・実制作が同じ月内で交差した点が確認できます。エミール・ベルリナー(Emile Berliner, 1851–1929)による会社設立と特許の動きがあり、同月下旬にはカリフォルニア大学サンタバーバラ校図書館『アメリカ歴史録音ディスコグラフィ』(Discography of American Historical Recordings)に、具体的な録音日を伴う平円盤の項目が立っています。
ベルリナー・グラモフォン・カンパニーの設立
1895年10月8日、エミール・ベルリナー(Emile Berliner, 1851–1929)はフィラデルフィアでベルリナー・グラモフォン・カンパニー(Berliner Gramophone Company)を組織し、平円盤レコード事業の体制整備を進めました。平円盤の複製・流通を前提とした会社組織の成立は、録音物を商品として継続的に供給する枠組みを押し広げます。
- https://www.immigrantentrepreneurship.org/entry.php?rec=171
- https://en.wikipedia.org/wiki/Emile_Berliner
アメリカ合衆国特許第548,623号の付与
1895年10月29日付で、アメリカ合衆国特許第548,623号(United States Patent No. 548,623)「Sound-record and method of making same」が示す複製技術の枠組みが確認できます。平円盤レコードを複製しうる工程の提示は、録音を「一回限りの現物」から「複製可能な商品」へと寄せる制度的な支えの一つとなりました。
- https://www.loc.gov/collections/emile-berliner/articles-and-essays/gramophone/
- https://patents.google.com/patent/US548623A/en
1895年10月29日のベルリナー録音
カリフォルニア大学サンタバーバラ校図書館『アメリカ歴史録音ディスコグラフィ』(Discography of American Historical Recordings)のジョージ・J・ガスキン(George J. Gaskin, 1863–1920)の項目には、ベルリナー・グラモフォン・カンパニー(Berliner Gramophone Company)の7インチ盤で初回録音日が1895年10月29日とされる「When you know the girl you love loves you」などが並び、同日に複数題が集中して録音されたことが読み取れます。
1895年10月31日のベルリナー録音
同じくジョージ・J・ガスキン(George J. Gaskin, 1863–1920)の項目では、ベルリナー・グラモフォン・カンパニー(Berliner Gramophone Company)の7インチ盤に、初回録音日が1895年10月31日とされる「Sally in our alley」などが確認できます。演者表記が一定しない項目も含まれ、初期録音のクレジットや編成が揺れながら管理されていた実態がうかがえます。
