1896年9月に録音された音楽

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1896年9月に録音された音楽

1896年9月、フィリピン革命ではイムスの戦い(1896年9月1日)などでスペイン植民地支配への抵抗が拡大しました。北東アフリカでは英埃領スーダン(Anglo-Egyptian Sudan)方面でハフィールの戦い(1896年9月17日–19日)を経てドンゴラ占領(1896年9月23日)へ進み、ナイル上流域をめぐる列強の関心も高まりました。同月、コンゴ自由国(Congo Free State)の主権者レオポルド2世(Leopold II, 1835–1909)が白ナイル方面へ遠征隊を派遣し、内陸アフリカの境界線をめぐる緊張が強まりました。科学技術ではグリエルモ・マルコーニ(Guglielmo Marconi, 1874–1937)がグレートブリテン及びアイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Ireland)で無線電信の実演を行い、軍事・行政用途への期待が具体化します。文化面ではフランスのベジエで闘牛場火災が起き、のちの都市行事・音楽催事の舞台整備にも影響を与えました。経済面ではアメリカ合衆国(United States of America)で景気後退と通貨制度をめぐる論争が続き、政治・金融の不安定さが社会の空気を覆いました。

この月の確認されている録音:0曲

1896年9月の録音に関する情報のまとめ

1896年9月は、シリンダーと円盤が並走して発展する途上で、円盤側では短い演説・口演のような「話芸」録音が継続し、シリンダー側では複製(デュプリケーション)や供給体制をめぐる技術・事業の調整が進んでいた時期として位置づけられます。個別の録音日が確認できる事例は限られますが、同月付の一次資料や、同時期のカタログ運用に関する記述から、1896年後半の録音・流通の実務が具体化していく過程を追えます。

ベルリナー円盤にみる演説録音(1896年9月24日)

エミール・ベルリナー・グラモフォン(E. Berliner’s Gramophone)系統の円盤録音として、ジョージ・グラハム(George Graham, 生没年不明)による “Talk on Money” が1896年9月24日録音とされています。録音地点は資料上「不明」とされており、同時期の円盤録音が必ずしも固定スタジオに依存していなかったことも示唆します。

シリンダー複製技術をめぐる書簡(1896年9月9日)

トーマス・アルバ・エジソン(Thomas Alva Edison, 1847–1931)関連の訴訟資料群の一部として、アドルフ・メルツァー(Adolph Melzer, 生没年不明)からトーマス・フッド・マクドナルド(Thomas Hood Macdonald, 生没年不明)宛の書簡(1896年9月9日)が公開されており、主題に「シリンダー・レコードおよび複製技術」が明記されています。月内の動きとして、録音そのものだけでなく量産・複製の技術課題が重要トピックになっていたことが一次資料で確認できます。

コロンビアの番号体系整備と1896年後半の供給体制

コロンビア・フォノグラフ・カンパニー(Columbia Phonograph Company)のカタログ運用として、1896年8月のカタログで新しいブロック式の番号体系が導入された旨が述べられており、1896年後半(9月を含む)に流通するシリンダーの提示方法・注文方法の基盤になりました。録音日そのものは資料上ただちに特定できない場合が多い一方、整理番号とカタログ編成の整備が「量の市場」へ向かう前提条件だったことが読み取れます。