1909年10月に録音された音楽

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1909年10月に録音された音楽

1909年10月の世界は、改革・技術・祝祭・暴力が同時に進む、きわめて落差の大きい月でした。10月4日には清末改革を代表する官僚であった張之洞(Zhang Zhidong, 1837–1909)が死去し、中国の近代化を主導した一世代の後退が印象づけられました。同じ日、ニューヨークではハドソン=フルトン祝典(Hudson-Fulton Celebration)の一環としてウィルバー・ライト(Wilbur Wright, 1867–1912)が自由の女神像とグラント廟をめぐる飛行を行い、航空技術が巨大都市の祝祭空間に入り込む段階に達したことを示しました。12日にはニューヨーク州の祝日としてコロンブス・デーの大規模行列が行われ、移民社会の可視化が進みました。スペインではフランシスコ・フェレール(Francisco Ferrer, 1859–1909)の処刑が国際的抗議を招き、アントニオ・マウラ・イ・モンタネール(Antonio Maura y Montaner, 1853–1925)政権は同月に退陣しました。16日にはシアトルのアラスカ・ユーコン・パシフィック博覧会(Alaska-Yukon-Pacific Exposition)が閉幕し、都市整備と太平洋圏志向を残しました。26日には伊藤博文(1841–1909)がハルビンで安重根(1879–1910)により暗殺され、東アジアの国際政治はさらに緊迫しました。

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1909年10月の録音に関する情報のまとめ

1909年10月の録音界では、エジソン系円筒レコード事業が新型機の発表、政治的人物の録音商品化、そして海外市場の拡大という三つの方向で動きを強めました。とくにナショナル蓄音機会社(National Phonograph Company)は、この月に高級内蔵ホーン機アンベローラ(Amberola)を公表し、四分録音アンベロール・レコード(Amberol Records)を中心とする上位市場の開拓を鮮明にしました。また、メキシコではポルフィリオ・ディアス(Porfirio Díaz, 1830–1915)の声を収めた録音が販売段階に入り、録音メディアが政治的権威や国際宣伝にも用いられることが示されました。加えて、メキシコ録音やダンス向けアンベロール盤の拡充は、1909年後半の録音産業が英語圏の標準レパートリーだけでなく、地域市場と用途別需要へ細かく対応し始めていたことを物語っています。

アンベローラの公表

1909年10月18日付の販売通達では、ナショナル蓄音機会社(National Phonograph Company)が新しい内蔵ホーン型蓄音機アンベローラ(Amberola)を、同年12月1日ごろに発売すると告知しました。これは単なる外観変更ではなく、高級家具調キャビネットと四分録音アンベロール盤の再生を組み合わせた上位機であり、録音再生機が家庭内の実用品と装飾品を兼ねる商品へ移っていく動きをよく示しています。公表時点で、四つの引き出しに標準盤またはアンベロール盤を計120本収納できる構造も案内されていました。

ポルフィリオ・ディアス録音盤の販売開始

1909年10月号では、ポルフィリオ・ディアス(Porfirio Díaz, 1830–1915)がトーマス・アルバ・エジソン(Thomas Alva Edison, 1847–1931)への返答として吹き込んだ録音盤「エル・プレシデンテ・ディアス・アル・セニョール・エジソン(El Presidente Diaz al Señor Edison)」が、メキシコで10月15日ごろから販売され、その後アメリカ合衆国でも販売可能になると告知されました。国家元首の声を商業録音として流通させるこの企画は、録音技術が娯楽だけでなく政治的象徴資本の媒体としても使われていたことを示す重要な事例です。

10月発売のダンス向けアンベロール盤

1909年秋の販売戦略では、10月売り出し分のアンベロール盤にダンス用途を強く意識した編成が見られました。年末の記事では、10月リストにダンス専用として作られたアンベロール盤が18点あり、とくにコール付きのスクエアダンス番号が大きな特色だったと説明されています。録音が家庭鑑賞だけでなく、社交ダンスや地域行事の伴奏媒体として積極的に売り出されていた点は、1909年の音楽消費の実態を考えるうえで見逃せません。

ジョン・フィリップ・スーザ楽団とハーバート・L・クラークの新録音

1909年秋には、ジョン・フィリップ・スーザ(John Philip Sousa, 1854–1932)の楽団が巡業を続ける一方、その同行ソリストであるハーバート・リンカーン・クラーク(Herbert Lincoln Clarke, 1867–1945)の「ザ・ブライド・オブ・ザ・ウェーヴズ(The Bride of the Waves)」がアンベロール第310番として12月リストに現れました。録音自体は10月以前に行われたとみられますが、1909年10月前後のエジソン系録音事業が著名演奏家の名声と巡業興行を結びつけながら商品化を進めていたことを示す事例です。