1913年6月に録音された音楽
1913年6月は、政治・社会・文化が各地で大きく動いた月でした。イギリスでは女性参政権運動家エミリー・ワイルディング・デイヴィソン(Emily Wilding Davison, 1872–1913)が6月4日のダービーで抗議行動中に重傷を負い、8日に死去しました。ノルウェー王国では6月11日、ノルウェー王国議会(Storting)が女性普通選挙を全会一致で承認し、長く続いた参政権運動が制度上の到達点を迎えます。南アフリカ連邦では6月19日に原住民土地法(Natives Land Act, 1913)が施行され、土地所有をめぐる人種的制限が法制化されました。ベルリンではオットー・マルヒ(Otto March, 1845–1913)が設計したドイツ競技場(Deutsches Stadion)の開場式が6月8日に行われ、1916年夏季オリンピック競技大会を見据えた都市施設整備が可視化しました。さらに6月29日–30日にはブルガリア王国(Kingdom of Bulgaria)の攻撃を契機として第二次バルカン戦争(Second Balkan War)が始まり、ヨーロッパの緊張は月末にいっそう高まりました。
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1913年6月の録音に関する情報のまとめ
1913年6月の録音業界では、当月の一次資料と同時代業界誌から、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)、コロンビア・グラフォフォン会社(Columbia Graphophone Company)、ベルリナー・グラモフォン社(Berliner Gramophone Co., Ltd.)、グラモフォン社(The Gramophone Co., Ltd.)の動きが確認できます。内容は新譜発表だけでなく、店頭販促、映画館向け広告、流通網、夏季商戦向け宣伝物の投入まで広がっており、1913年6月が録音媒体そのものと販売方法の両面で競争の強まった月であったことが分かります。今回確認した範囲では、これ以外の主要企業について同月の具体的動向を十分に確定できないものは立てていません。
エジソン
トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)の1913年6月号では、映画館や幻灯会向けのランタン・スライド活用、いわゆる「オールド・カップル」図像の広告ポスター、8月発売分のエジソン・ブルー・アンベロール・レコード(Edison Blue Amberol Records)告知、さらにアンベローラV向けの特製サファイア・リプロデューサー「モデルN-56」の案内が並んでいます。つまり同社は1913年6月に、新譜告知だけでなく、店頭外の宣伝媒体と機種別アクセサリーを組み合わせて、ブルー・アンベロールとアンベローラVの普及を同時に進めていました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Audio/Edison-Phonograph/Edison-Phonograph-Monthly-1913-Vol-11.pdf
- https://archive.org/details/edisonphonograph11moor
ヴィクター
ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)については、1913年6月号の業界誌で、同月のヴィクター・ブリテンがきわめて優れた内容と評されています。とくにレッド・シール盤第69065番では、エンリコ・カルーソー(Enrico Caruso, 1873–1921)の歌唱にミッシャ・エルマン(Mischa Elman, 1891–1967)のヴァイオリンが加わった《アヴェ・マリア》が高く評価され、高価格帯でありながら有力商品として扱われていました。1913年6月のヴィクターは、量よりも格の高い赤盤新譜を前面に出していたことが確認できます。
コロンビア
コロンビア・グラフォフォン会社(Columbia Graphophone Company)の1913年6月新譜では、チャンシー・オルコット(Chauncey Olcott, 1858–1932)の2枚4面、アレッサンドロ・ボンチ(Alessandro Bonci, 1870–1940)のオペラ・アリア4面、マイク・バーナード(Mike Bernard, 1875–1936)のピアノ盤などが有力商品として挙げられています。さらに《Trail of the Lonesome Pine》なども好調な売れ行きとされており、1913年6月の同社がオペラ、流行歌、器楽盤を横断して幅広い市場を狙っていたことが分かります。
ベルリナー・グラモフォン
ベルリナー・グラモフォン社(Berliner Gramophone Co., Ltd.)については、1913年6月号の広告面で、モントリオールのカナダ側ディストリビューターとして明記されています。この資料から確認できる同月の役割は新譜の独自告知よりも流通拠点としての機能であり、1913年6月時点で同社がヴィクター系商品のカナダ市場展開を支える会社として現役であったことが分かります。
グラモフォン
グラモフォン社(The Gramophone Co., Ltd.)では、「ヒズ・マスターズ・ヴォイス」6月新譜として、12インチ盤のワーグナー作品、声楽盤、ラグタイムやメドレー盤などが告知されていました。さらに同月の資料では、夏季商戦を刺激する目的で、ハッセル制作のポスター、顧客向け書簡、広告文案などの販促物が販売店へ配布されていたことも確認できます。加えて同社の国際販売網として、ドイツ蓄音機株式会社(Deutsche Grammophon-Aktiengesellschaft)を含む各国拠点が誌面に示されており、1913年6月の同社が新譜供給と販促資材の両面で広域展開していたことが読み取れます。
