1917年6月に録音された音楽
1917年6月は、第一次世界大戦の戦局拡大と各国の統制強化が同時に進んだ月でした。アメリカ合衆国では6月4日に最初のピューリツァー賞(Pulitzer Prize)が発表され、6月6日に授与が行われて、報道と文学の制度史に新しい節目が生まれました。6月5日には選抜徴兵制度(Selective Service System)による最初の登録が実施され、戦時動員が本格化しました。西部戦線では6月7日–14日にメシーヌの戦い(Battle of Messines)が行われ、イギリス軍が攻勢を成功させました。ギリシャではコンスタンティノス1世(Constantine I, 1868–1923)が6月12日に王位を離れ、エレフテリオス・ヴェニゼロス(Eleftherios Venizelos, 1864–1936)系政権の主導が明確になりました。6月15日にはアメリカ合衆国でスパイ活動法(Espionage Act)が成立し、戦時下の統制が強化されました。さらに6月下旬にはアメリカ派遣軍(American Expeditionary Forces)の先遣部隊がフランスに到着し、アメリカ合衆国の本格的な実戦参加が現実のものとなりました。
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1917年6月の録音に関する情報のまとめ
1917年6月の録音業界では、参戦後の愛国的な商品訴求、店頭実演、分割払い販売、各種レコード再生への対応をうたう蓄音機販売が目立ちました。トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)ではブルー・アンベロール(Blue Amberol)の6月発売群と月内録音が確認でき、コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Company)、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)、エオリアン社(The Aeolian Company)のエオリアン・ヴォカリオン(Aeolian-Vocalion)、ブランズウィック=バルク=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Company)、パテ・フレール蓄音機会社(Pathé Frères Phonograph Co.)のパテフォン(Pathéphone)では、1917年6月の広告から販売活動を確認できます。以下では、1917年6月に直接確認できる企業活動のみを整理します。
エジソン
トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)では、1917年6月発売のブルー・アンベロール(Blue Amberol)が確認できます。3170番台後半から3200番台前半にかけて、流行歌、舞曲、行進曲、器楽曲、宗教曲などが並び、ヴァーノン・ダルハート(Vernon Dalhart, 1883–1948)の「Can’t You Hear Me Callin’, Caroline?」、エイダ・ジョーンズ(Ada Jones, 1873–1922)の「Come On Over Here, It’s a Wonderful Place」、ジャウダス・バンド(Jaudas’ Band)の舞曲などが市場に出ていました。愛国色の強い題材や行進曲も含まれており、参戦後の需要を意識した商品構成がうかがえます。
6月の録音作業としては、1917年6月18日にルー・チハ “フリスコー” (Lou Chiha “Friscoe”, 生没年不明)の「The Drytown Blues — One-Step」、6月29日にビリー・ゴールデン(Billy Golden, 1858–1926)とビリー・ハインズ(Billy Heins, 生没年不明)の「Bill’s Visit to St. Peter」が録音されていました。販売面でも、同月の新聞広告ではニュー・エジソン(New Edison)の実演販売が続いており、録音、発売、小売販促が並行して進んでいました。
- https://newspapers.library.in.gov/?a=d&d=INN19170608-01.1.21
- https://newspapers.library.in.gov/?a=d&d=INN19170621-01.1.10
- https://trove.nla.gov.au/newspaper/article/74575519
コロムビア
1917年6月の新聞広告では、コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Company)のコロムビア・グラフォノーラ(Columbia Grafonola)の販売と、コロムビア・レコード(Columbia Record)の宣伝を確認できます。1917年6月6日付『Indianapolis News』には、コロムビア・グラフォノーラの分割払い販売を知らせる広告が掲載されています。さらに1917年6月14日付『Indianapolis News』には、コロムビア・レコード A2225「Let’s All Be Americans Now」の広告が掲載されており、同月に同社がレコード商品の告知を行っていたことがわかります。
- https://newspapers.library.in.gov/?a=d&d=INN19170606-01.1.3
- https://newspapers.library.in.gov/?a=d&d=INN19170614-01.1.12
ヴィクター
ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)については、1917年6月の地方紙広告から、ヴィクトローラ(Victrola)を使った愛国的レコードの販売訴求と店頭実演を確認できます。1917年6月11日付『Richmond Palladium』では、毎月の実演日にヴィクター・レコードを店頭で聴かせる告知が掲載されています。さらに1917年6月18日付『Richmond Palladium』では、ヴィクトローラで聴くべき愛国歌と朗読が紹介されており、参戦後の市場に合わせた商品訴求が前面に出ていました。
- https://newspapers.library.in.gov/?a=d&d=RPD19170611.1.3
- https://newspapers.library.in.gov/?a=d&d=RPD19170618.1.3
エオリアン・ヴォカリオン
エオリアン社(The Aeolian Company)のエオリアン・ヴォカリオン(Aeolian-Vocalion)については、1917年6月の広告から、比較試聴を伴う実演販売が確認できます。1917年6月14日付『Indianapolis News』では、自然な再生音をうたう広告が掲載され、6月21日付の同紙では、利用者が手持ちのレコードを持ち込んで試聴できることが案内されています。これにより、同社が再生品質を前面に出して販売を進めていたことがわかります。
- https://newspapers.library.in.gov/?a=d&d=INN19170614-01.1.9
- https://newspapers.library.in.gov/?a=d&d=INN19170621-01.1.3
ブランズウィック
ブランズウィック=バルク=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Company)については、1917年6月の複数の広告から、各種レコードを再生できる蓄音機として販売されていたことが確認できます。6月3日付『Daily Tribune』、6月8日付『Daily Tribune』、6月10日付『South Bend News-Times』などでは、ブランズウィックが複数のレコードに対応する機械として宣伝されていました。これは、専用機との差別化を前面に出した販売戦略として位置づけられます。
- https://newspapers.library.in.gov/?a=d&d=DT19170603.1.10
- https://newspapers.library.in.gov/?a=d&d=DT19170608.1.19
- https://newspapers.library.in.gov/cgi-bin/indiana?a=d&d=SBNT19170610.1.17
パテフォン
パテ・フレール蓄音機会社(Pathé Frères Phonograph Co.)のパテフォン(Pathéphone)については、1917年6月の新聞広告から販売活動を確認できます。1917年6月3日付『Sunday Times』には、パテフォンの購入を勧める広告が掲載されており、同月初旬の販売展開が見えます。さらに1917年6月29日付『Hammond Times』でも、キンボール製蓄音機と並んでパテフォンの広告が掲載されており、月末時点にも店頭での販促が続いていました。
- https://trove.nla.gov.au/newspaper/article/57983176
- https://newspapers.library.in.gov/?a=d&d=LCT19170629.1.8
