1920年9月に録音された音楽

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1920年9月に録音された音楽

1920年9月は、第一次世界大戦後の秩序再編と大衆社会の拡大が同時進行した月でした。9月1日には大レバノン国(State of Greater Lebanon)が宣言され、中東の政治地図が組み替えられました。インドではインド国民会議(Indian National Congress)が9月のカルカッタ特別会議で非協力運動を承認し、反英運動は新しい段階へ入りました。ベルギーのアントワープで開かれていた第7回オリンピック競技大会(Games of the VII Olympiad)は9月12日に閉幕し、史上初のオリンピック宣誓やオリンピック旗の使用もこの大会の象徴となりました。9月16日にはアメリカ合衆国ニューヨークでウォール街爆破事件(Wall Street bombing of 1920)が発生し、多数の死傷者を出しました。さらに9月17日にはアメリカン・プロフェッショナル・フットボール・アソシエーション(American Professional Football Association)が成立し、のちのナショナル・フットボール・リーグ(National Football League)につながる制度的枠組みが整いました。民族自決、反植民地運動、都市型暴力、国際競技、職業スポーツ制度化が同じ月に並んだ点に、この時代の変化の速さがよく表れています。

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1920年9月の録音に関する情報のまとめ

1920年9月の録音業界では、秋商戦に向けた専属歌手の大型販促、再生互換性を意識した製品実演、新興メーカーの量産準備、地域企業の設備拡張が同時に進んでいました。当月の資料上で活動を確認できる範囲では、コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Company)がマリオン・ハリス(Marion Harris, 1896–1944)を前面に出した販売促進を展開し、パテ・フレール・フォノグラフ社(Pathé Frères Phonograph Company)はパテ・アクチュエル(Pathé Actuelle)の実演を進め、レミントン・フォノグラフ社(Remington Phonograph Corporation)は量産体制の整備を進め、レーガル・フォノグラフ社(Regal Phonograph Co., Ltd.)は資本増強による拡張に踏み出していました。1920年9月は、既存大手と新興企業がそれぞれ異なる方法で市場拡大を図っていた月として位置づけられます。

コロムビア

コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Company)は、マリオン・ハリス(Marion Harris, 1896–1944)を専属歌手として迎えた直後の販促を、8月末から9月初めにかけて集中的に実施しました。『ミュージック・トレード・レビュー』(The Music Trade Review)1920年8月14日号では、8月28日–9月3日を「Marion Harris week」とし、ウィンドー・ディスプレーや試聴室用販促物を事前に注文するよう販売店へ促していました。1920年9月のコロムビアは、新専属スターの投入をそのまま店頭販促に結びつける動きを明確に見せています。

パテ

パテ・フレール・フォノグラフ社(Pathé Frères Phonograph Company)については、『トーキング・マシン・ワールド』(The Talking Machine World)1920年9月15日号から、北カリフォルニア各地でパテ・アクチュエル(Pathé Actuelle)のトーン・テストが行われていたことが確認できます。パテ・アクチュエルは、1920年までに一般的な蓄音機で再生しやすい横振動盤として導入されており、9月の実演活動は、その新方式を販売現場で浸透させるための具体的な営業活動でした。1920年9月のパテは、再生互換性を強みにした実演販売を進めていたといえます。

レミントン

レミントン・フォノグラフ社(Remington Phonograph Corporation)は、1920年9月の段階で本格出荷を見据えた拡張局面にありました。『トーキング・マシン・ワールド』(The Talking Machine World)1920年8月15日号では、ブルックリン工場から機械の出荷が始まっていることが報じられ、同年9月15日号では “Reviews Remington’s Progress” の記事が載っていたことが確認できます。1920年9月のレミントンは、製品の市場投入を現実のものにするため、生産と販売の両面を整えていた企業として見ることができます。

リーガル

カナダのリーガル・フォノグラフ社(Regal Phonograph Co., Ltd.)は、1920年9月に設備拡張のための増資を進めていました。『トーキング・マシン・ワールド』(The Talking Machine World)1920年9月号で紹介された内容によれば、同社は51,000ドルの新株を発行して工場と運転資金の増強を図り、200を超える代理店網を持つまでに成長していました。1920年9月のリーガルは、地域企業の段階を越えて、量的拡張を伴う本格的な成長期に入っていたことが確認できます。