1921年9月に録音された音楽
1921年9月は、戦後秩序の再編と新技術の制度化が同時に進んだ月でした。1日にはアメリカ合衆国海軍航空局(Bureau of Aeronautics)が機能を開始し、ウィリアム・アジャー・モフェット(William Adger Moffett, 1869–1933)の下で海軍航空行政の新体制が動き始めました。7日にはアトランティックシティでインターシティ・ビューティー・コンテスト(Inter-City Beauty Contest)が行われ、マーガレット・ゴーマン(Margaret Gorman, 1905–1995)が優勝し、後にミス・アメリカ(Miss America)の起点とみなされる出来事となりました。トロント大学(University of Toronto)では9月にジョン・ジェームズ・リカード・マクラウド(John James Rickard Macleod, 1876–1935)が帰任し、フレデリック・グラント・バンティング(Frederick Grant Banting, 1891–1941)とチャールズ・ハーバート・ベスト(Charles Herbert Best, 1899–1978)による膵臓抽出物研究が次段階へ進みます。21日にはドイツのオッパウで化学工場爆発が発生し、22日にはエストニア共和国、ラトビア共和国、リトアニア共和国が国際連盟(League of Nations)に加盟しました。26日にはアメリカ合衆国大統領失業会議(President’s Conference on Unemployment)が開かれ、景気後退と失業への対応が国家的課題として前面に出ました。
この月の確認されている録音:0曲
1921年9月の録音に関する情報のまとめ
1921年9月の録音業界では、月刊補遺、業界誌、新聞広告の上で、新譜発売、卸売拠点の整備、専属アーティストの告知、販売代理店網の拡張が同時進行していました。確認できる範囲では、コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Co.)、ブランズウィック・バルケ・コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Co.)、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)、ブラック・スワン・レコード(Black Swan Records)、ソノラ・フォノグラフ社(Sonora Phonograph Co.)の動きが9月資料上に現れます。
コロムビア
コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)は、1921年9月の『The Talking Machine World』で、トロントに自社の卸売本部を開き、オンタリオ州向け卸売業務を直営で扱う体制へ移したことが報じられました。1921年9月の同社は、新譜販売だけでなく、カナダ市場での流通統制と支店機能の強化を進めていたことがわかります。
- https://www.capsnews.org/capp/columbia/columbia.html
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/20s/Talking-Machine-1921-09.pdf
ヴィクター
ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Co.)は、1921年9月1日付の新聞広告で9月新譜を発売日ベースで告知し、同月の新譜販売を月初から展開していました。別の同時代広告では、9月盤が8月28日から全米で発売に入ったことも示されており、1921年9月の同社が月例補充盤の流通をきわめて計画的に進めていたことがうかがえます。
- https://newspapers.library.in.gov/?a=d&d=DCDD19210901.1.4
- https://digital.hagley.org/2464001?page=%2C19
ブランズウィック
ブランズウィック・バルケ・コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Co.)は、1921年9月の音楽誌広告で、フローレンス・イーストン(Florence Easton, 1882–1955)とジュゼッペ・ダニース(Giuseppe Danise, 1883–1963)の専属録音を前面に出し、新しいブランズウィック盤を訴求しました。月内の新聞広告でも9月新譜販売が確認でき、この月の同社は専属歌手の強化と新譜投入を並行して進めていました。
- https://archive.org/stream/EtudeSeptember1921/EtudeSeptember1921_djvu.txt
- https://washingtondigitalnewspapers.org/?a=d&d=SUR19210902-02.1.18
エジソン
トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)では、アメリカ合衆国国立公園局(National Park Service)が整理する資料に、エドナ・ホワイト(Edna White, 生没年不明)の《The debutante》がエジソン・ダイヤモンド・ディスク(Edison Diamond Disc)の1921年9月発売盤として記録されています。1921年9月の同社は、既録音マトリクスの発売を続けながら、ダイヤモンド・ディスクの新規供給を維持していたことが確認できます。
ブラック・スワン
ブラック・スワン・レコード(Black Swan Records)は、1921年9月の『The Crisis』広告で「Caruoso’s Voice」を掲げ、黒人歌手による高級声楽録音を強く訴求しました。同月広告の文言は、白人資本の会社が残してきた黒人歌唱の類型に対抗し、自社が別種のレパートリーを提示する姿勢を前面に出しており、1921年9月時点の販売戦略と文化的自己定位が明瞭です。
- https://archive.oah.org/special-issues/teaching/2004_03/sources.html
- https://www.marxists.org/history/usa/workers/civil-rights/crisis/0900-crisis-v22n05-w131.pdf
ソノラ
ソノラ・フォノグラフ社(Sonora Phonograph Co.)の製品は、1921年9月のカリフォルニア州紙で代理店広告が継続しており、少なくとも西海岸の販売網が9月段階で稼働していたことがわかります。9日付の『Modesto Morning Herald』では「AGENCY SONORA PHONOGRAPH」とする店頭広告が掲載され、19日付の『Fresno Bee』でもソノラ製品を扱う販売店広告が確認できます。
