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College Songs Lanciers / Frank Goede (1889)

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College Songs Lanciers / Frank Goede (1889)

1889年5月24日に録音された「College Songs Lanciers」という題名は、19世紀後半のヨーロッパとアメリカの大学文化に深く関わりがあります。「Lanciers(ランシエ)」とは、もともとフランス起源の「Lancers Quadrille(ランサーズ・カドリーユ)」を指し、社交界で流行したスクエアダンス形式の舞曲のことです。このダンスは19世紀中頃から後半にかけて、イギリスやドイツ、アメリカでも広まり、特に若い学生や社交界のパーティーで踊られる定番の舞曲として親しまれました。「College Songs」と付けられていることから、当時の大学生の間で人気だった愛唱歌や学生歌をモチーフに、ランシエ形式に編曲したメドレーであった可能性が高いです。こうした編曲は、大学の卒業舞踏会や学生クラブのパーティーなどで演奏されることが多く、学生文化とダンス音楽が融合した軽快なレパートリーとして親しまれていました。

曲の性格と録音選曲の背景

「College Songs Lanciers」は、いわば学生向けの祝祭的な舞曲としての性格を持っています。ランシエは通常、複数の短い楽節を組み合わせ、踊り手がスクエアに並び、ペアを組んで順に踊る構造になっています。そのため音楽的には、拍子感が明確で、メロディは比較的単純で耳に残りやすく、数分程度で繰り返される形式が一般的です。当時の録音条件を考えると、行進曲やワルツに比べてランシエはやや変則的ですが、学生歌を素材とした祝祭的なリズムが蝋円筒に刻みやすく、また再生時にも音質が比較的安定することから、録音素材として選ばれたと考えられます。エジソン社の録音技師であったA. Theo. E. Wangemannは、録音機材のデモンストレーションにおいて、さまざまなジャンルの曲を録音することで、フォノグラフの性能を多様な形で示すことを目的としていました。この日の録音簿には、Gilmore’s 22nd Regiment MarchやPolish Dance、Lilliput Polka Picc.など、行進曲や舞曲のレパートリーが並んでおり、学生向けの「College Songs Lanciers」は、祝祭性と躍動感を示すジャンルの一つとして選ばれたのでしょう。

初期録音史における役割と意義

この録音は、商用販売を目的としたものではなく、録音機器の性能実験と欧州でのデモンストレーションを主眼として行われたものでした。当時の蝋円筒は録音後に保存されるよりも、繰り返し実験や複製のために再利用されることが多く、現存する可能性は極めて低いとされています。しかし録音簿に曲目が明記されていること自体が、19世紀末の録音現場において、どのようなジャンルが実験素材として選ばれていたかを知る重要な手がかりです。大学生文化と社交舞踏文化が結びついた「College Songs Lanciers」は、当時の若者が音楽を通じてどのように娯楽を楽しんでいたか、また録音技術者がどのように多様なレパートリーで性能を試したかを物語っています。このような選曲は、後の円筒レコードや家庭用蓄音機で普及する軽音楽の基盤ともなり、フォノグラフが単なる音声記録機から娯楽用音楽機器へと発展する過程を示す小さな証言といえます。今ではこの録音の音は残っていないものの、録音簿に残された題名と演奏者の記録は、録音史や19世紀末の学生文化史を研究する上で貴重な一次資料となっています。

Performer

Authors and Composers

  • 作曲:Unknown

Disc Information

  • タイトル:College Songs Lanciers
  • 演奏者:Frank Goede(Flute)
  • 録音日:1889年5月24日
  • タイプ:技術デモ用の限定複製(一部は複製円筒として北米市場へ)
  • ディスク(シリンダー)タイプ:Soft Wax Cylinder
  • 録音場所:ドイツ
  • レーベル:Edison Phonograph Company

References

  • The First Book of Phonograph Records
  • Welch, Walter L., and Leah B. Rogers. From Tinfoil to Stereo: The Acoustic Years of the Recording Industry, 1877–1929. 2nd ed., University of Florida Press, 1994. — 初期録音技術とテスト選曲の背景を解説。
  • Feaster, Patrick. “Recovering Lost Sounds: European Recordings by Theo Wangemann.” ARSC Journal, vol. 38, no. 1, 2007. — Wangemannの欧州録音と録音簿の詳細な分析。