Adolf von Henselt (1814-1889)
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アドルフ・フォン・ヘンゼルト(Adolf von Henselt, 1814–1889)は、ドイツ(当時のバイエルン王国(Kingdom of Bavaria)圏)に生まれ、のちにロシア帝国(Russian Empire)を拠点に活動したピアニスト兼作曲家です。作品はピアノ独奏曲が中心で、当時の高度な演奏技術を前提にした練習曲や性格的小品で強い存在感を示しました。主要伝記資料では、彼の書法がヨハン・ネポムク・フンメル(Johann Nepomuk Hummel, 1778–1837)からフランツ・リスト(Franz Liszt, 1811–1886)へ至るピアノ技巧史の「つなぎ目」に位置づけられる点が強調されています。一方で、本人が公的な舞台に出ることを避ける傾向があったことも複数資料で指摘されており、演奏家としての名声が同時代の評価に比して後世に伝わりにくかった側面があります。
経歴
ヘンゼルトは、バイエルン王国(Kingdom of Bavaria)圏のシュヴァーバッハ(Schwabach)に生まれました。少年期から才能を示し、ミュンヘン(Munich)での演奏活動を経て、ルートヴィヒ1世(Ludwig I of Bavaria, 1786–1868)の支援を受けて学習と活動の基盤を得たことが伝記資料に記されています。その後、フンメルのもとで研鑽し、作曲面ではシモン・ゼヒター(Simon Sechter, 1788–1867)に学んだとされます。1830年代にはドイツ各地で演奏旅行を行った一方、極度の「あがり(舞台恐怖)」に近い性向があり、公開演奏の機会が限られていった点が、主要伝記資料で繰り返し触れられます。
1837年にロザリー・マンガー(Rosalie Manger, 生没年不明)と結婚し、その後はロシア帝国(Russian Empire)のサンクトペテルブルク(Saint Petersburg)へ移って活動しました。ドイチェ・ビオグラフィー(Deutsche Biographie)の伝記本文では、彼がまずツァーリ宮廷の「宮廷室内ヴィルトゥオーゾ」(Kammervirtuose am Zarenhof)として勤務し、のちに皇帝の娘たちの教育機関における音楽の「音楽総監」(musikalischer Generalinspektor kaiserlicher Töchtererziehungsanstalten)を務めたことが記されています。同資料は、1840年にロシア貴族(russischer Adel)として扱われたことに触れています。晩年は演奏活動がさらに限定され、1889年にシュレージエン(Silesia)のバート・ヴァルムブルン(Bad Warmbrunn)で没しました。
有名な作品
ヘンゼルトの代表作として、ピアノ協奏曲と練習曲集、そして「ポエム・ダムール」に代表される性格的小品が挙げられます。
ピアノ協奏曲 ヘ短調 作品16(Piano Concerto in F minor, Op.16)
ピアノ協奏曲 ヘ短調 作品16(Piano Concerto in F minor, Op.16)は、ヘンゼルトの比較的大きな規模の作品として、主要伝記資料でも言及される代表作です。ピアノ独奏曲中心の作曲家像の中で、協奏曲という枠組みで彼の技巧観と歌わせ方が示される作品として位置づけられます。
12の性格的練習曲 作品2(12 Études caractéristiques, Op.2)
12の性格的練習曲 作品2(12 Études caractéristiques, Op.2)は、ヘンゼルトの名前がピアノ学習史の文脈で残る最大の理由の一つです。大きな手の開きを前提にした和音の連結や、レガートを極端に追求するような書法が目立ち、当時の「美しい音」を作るための身体技法がそのまま楽譜に刻まれたタイプの練習曲集として理解できます。演奏会用の技巧曲であると同時に、近代ピアニズムの要求水準を押し上げた資料としても扱われます。
「もしも私が鳥ならば、あなたのもとへ飛んでゆくのに」作品2 第6番(Si oiseau j’étais, à toi je volerais!, Op.2 No.6)
12の性格的練習曲 作品2(12 Études caractéristiques, Op.2)の中でも、とりわけ知られているのが「もしも私が鳥ならば、あなたのもとへ飛んでゆくのに」作品2 第6番(Si oiseau j’étais, à toi je volerais!, Op.2 No.6)です。旋律線の歌わせ方と、広い音域・和音を滑らかにつなぐ技術が同時に問われるため、技巧練習曲でありながら性格的小品としても受容されてきました。題名が強く印象に残ることもあり、単独で取り上げられる機会が多い作品です。
愛の詩 作品3(Poème d’amour, Op.3)
愛の詩 作品3(Poème d’amour, Op.3)は、技巧の誇示よりも叙情性に比重を置いた性格的小品として知られます。ヘンゼルト作品の中では比較的「歌う」側面が前面に出やすく、練習曲群とは別の入口として取り上げられることがあります。ピアノ独奏曲としての流通が続き、後年の版や再録音でも曲名が挙げられやすい部類です。
春の歌 作品15(Frühlingslied, Op.15)
春の歌 作品15(Frühlingslied, Op.15)は、短い単曲として親しまれてきた作品で、別名として「春の歌(Spring Song)」などの呼称も伝えられています。大規模技巧よりも、旋律の造形と響きの透明感が評価されやすいタイプで、アンソロジーや教育目的の曲集に収録されて流通する例も確認できます。
録音史
ヘンゼルトは録音時代の到来以前に没していますが、作品そのものは20世紀以降の録音レパートリーに組み込まれました。例として、「もしも私が鳥ならば、あなたのもとへ飛んでゆくのに」作品2 第6番(Si oiseau j’étais, à toi je volerais!, Op.2 No.6)は、セルゲイ・ラフマニノフ(Sergei Rachmaninoff, 1873–1943)のピアノ演奏で、1923年12月27日に米国ニュージャージー州カムデン(Camden, New Jersey)で録音されています。米国議会図書館(Library of Congress)のナショナル・ジュークボックス(National Jukebox)では、Victorの録音カタログ番号1008、録音マトリクス番号B-28691、テイク番号5とともに公開されています。二次利用を行う場合は、同ページに示された権利・利用条件の案内に従って確認が必要です。
楽譜・版と普及
ヘンゼルト作品は19世紀ヨーロッパの出版網の中で流通し、その後も各国で再版・編纂が続きました。ピアノ協奏曲 ヘ短調 作品16(Piano Concerto in F minor, Op.16)では、ブライートコプフ・ウント・ヘルテル(Breitkopf & Härtel)などの出版社情報が版面に確認でき、のちにアドルフ・ルータルト(Adolf Ruthardt, 1849–1934)による2台ピアノ用編曲が作られるなど、形態を変えながら普及していきました。春の歌 作品15(Frühlingslied, Op.15)では、出版社や編集者の異なる版が複数確認でき、ジー・シルマー(G. Schirmer)など米国の楽譜市場でも流通していた痕跡が見られます。現在はパブリックドメイン化した楽譜がオンラインでも閲覧可能で、版ごとの差異(運指・強弱・装飾など)を比較できる環境が整っています。
後世へ与えた影響
ヘンゼルトはフンメル以後のピアニズムと、リスト前後のヴィルトゥオーゾ的奏法をつなぐ存在として評価されることがあります。また、サンクトペテルブルクでの教育・宮廷勤務を通じて、ロシア帝国の音楽環境(とくにピアノ教育)に影響を与えた人物として、事典類でも「重要な教師」であった点が強調されています。作品面では、幅広い和音処理や歌うような旋律線を要求する書法が、後代のピアノ技巧観・表現観の一端を示す資料として位置づけられています。
Adolf von Henselt(アドルフ・フォン・ヘンゼルト)
- 生没年:1814–1889
- 国:ドイツ(バイエルン王国(Kingdom of Bavaria))/ロシア帝国(Russian Empire)
- Credit(役割):Composer(作曲家)/Pianist(ピアニスト)
Reference
- https://www.deutsche-biographie.de/pnd118903861.html#ndbcontent
- https://www.britannica.com/biography/Adolf-von-Henselt
- https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Adolf_von_Henselt_-_portrait.jpg
- https://imslp.org/wiki/Piano_Concerto_in_F_minor,_Op.16_(Henselt,_Adolf_von)
- https://imslp.org/wiki/12_%C3%89tudes_caract%C3%A9ristiques,_Op.2_(Henselt,_Adolf_von)
- https://imslp.org/wiki/Si_oiseau_j%27%C3%A9tais,_Op.2_No.6_(Henselt,_Adolf_von)
- https://imslp.org/wiki/Po%C3%A8me_d%27amour,_Op.3_(Henselt,_Adolf_von)
- https://imslp.org/wiki/Fr%C3%BChlingslied,_Op.15_(Henselt,_Adolf_von)
- https://www.loc.gov/item/jukebox-68203/
