1905年7月に録音された音楽

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1905年7月に録音された音楽

1905年7月は、日露戦争(Russo-Japanese War, 1904年–1905年)の終盤が国際政治を動かし、同時に社会不安と科学の前進が並行した月でした。戦場では、日本軍が樺太(サハリン)(Sakhalin)に上陸して島を占領する作戦が1905年7月7日–31日に実施され、講和交渉に向けた力学にも影響しました。一方、ロシア帝国では海軍の動揺が続き、ロシア帝国海軍の戦艦ポチョムキン(Potemkin)の反乱船員がルーマニア王国のコンスタンツァ(Constanța)で降伏したことが同月に報じられました。外交面では、アメリカ合衆国(United States)のウィリアム・ハワード・タフト(William Howard Taft, 1857–1930)と日本国の桂太郎(1848–1913)によるタフト=桂覚書(Taft–Katsura Memorandum, 1905年7月29日)が残され、東アジアの勢力圏をめぐる理解の一端を示します。科学では、アルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein, 1879–1955)のブラウン運動研究が1905年7月に学術誌へ掲載され、原子論的世界観を支える仕事として後世に位置づけられます。文化・社会の話題としては、フランス共和国でツール・ド・フランス(Tour de France)の1905年大会が1905年7月9日–30日に開催され、大衆娯楽としての近代スポーツが広がる時代の空気も映し出しました。

この月の確認されている録音:0曲

1905年7月の録音に関する情報のまとめ

1905年7月の録音関連では、ナショナル・フォノグラフ・カンパニー(National Phonograph Company)が「エジソン・ゴールドモールド・レコード(Edison Gold Moulded Records)」の1905年7月向け新譜(アドバンス・リスト)を掲げ、受注と出荷の運用を含めて新譜供給を告知しています。あわせて、同社の販促媒体「フォノグラム(Phonogram)」の発行部数が1904年7月から1905年7月にかけて大きく増えたことが記され、録音物の流通を支える印刷物・広告の拡大も確認できます。さらに、既存レパートリーの一部で1905年7月にゴールドモールド仕様でのリリースが付記されている例があり、同月が新譜供給だけでなく、既存曲の再提示(伴奏・編成の更新を含む可能性)も含む月であったことが示されます。ただし、当該リリースが新規録音か既録音の再発売かは、ここで挙げる資料だけでは確定できません(資料上確認できず)。

エジソン・ゴールドモールド・レコード(1905年7月度アドバンス・リスト)

ナショナル・フォノグラフ・カンパニー(National Phonograph Company)は、1905年7月向けの「NEW EDISON GOLD MOULDED RECORDS. ADVANCE LIST FOR JULY, 1905」を掲げ、発注締切と出荷順(ジョバー向けの在庫発注は一定期日以前の受領分から順次出荷)を含む運用を示しています。リスト冒頭には、器楽曲、序曲、語り物、讃美歌系などが混在して掲載され、同月の新譜が複数ジャンルにまたがっていたことが確認できます。

1905年7月の「フォノグラム(Phonogram)」発行部数の増加

1905年7月号の記述として、「フォノグラム(Phonogram)」が第2年目に入り、1904年7月の初号から1905年7月にかけて印刷部数が増加したことが示されています。同じ箇所で、同誌の主要要素として新譜解説、質疑応答、録音 कलाकार(アーティスト)写真が挙げられており、録音物の販売を補助する周辺メディアが拡大していたことが一次資料上で確認できます。

1905年7月に「ゴールドモールド」仕様でリリースが付記される既存曲の例

エジソン2分シリンダーの整理資料では、個別タイトルの注記として「GM Rel: Jul 1905」といった形で、1905年7月のゴールドモールド(Gold Moulded)仕様リリースが付記されている例が確認できます。注記には伴奏・編成に関する情報が併記される場合もあり、同一タイトルでも別形態で再提示された可能性が読み取れます。ただし、この資料だけでは「当該7月リリースが新規録音なのか、既録音の再発売なのか」までは確定できません(資料上確認できず)。