1907年1月に録音された音楽
1907年1月6日、マリア・モンテッソーリ(Maria Montessori, 1870–1952)がイタリア王国のローマ市で最初の「子どもの家(Casa dei Bambini)」を開設し、のちにモンテッソーリ教育として知られる実践の出発点となりました。1907年1月14日、ジャマイカのキングストンで大地震が発生し、市街地の広範囲が被害を受け、多数の死者が報告されました。1907年1月、アメリカ合衆国で化学文献の抄録誌「ケミカル・アブストラクツ(Chemical Abstracts)」が創刊され、ウィリアム・アルバート・ノイズ(William Albert Noyes, 1857–1941)が初代編集者となり、科学情報流通の基盤整備が進みました。1907年1月26日、アメリカ合衆国で「1907年ティルマン法(Tillman Act of 1907)」が施行され、連邦選挙に関する企業献金を禁じる制度的枠組みが示されました。これらの動きは、自然災害への対応、教育実践の刷新、学術情報の制度化、政治資金規制の整備という異なる領域で、20世紀初頭の社会変化が同時進行していたことを示します。
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1907年1月の録音に関する情報のまとめ
1907年1月は、家庭用娯楽として普及しつつあった録音メディアが「長時間化」と「特許・競争環境の再編」という二つの方向から動いた月として位置づけられます。トーマス・アルヴァ・エジソン(Thomas Alva Edison, 1847–1931)は溝密度を高めた記録媒体の構想を特許出願し、のちの4分シリンダー系統(アンベロール)につながる技術的土台を固めました。一方で、円盤レコード市場では主要特許をめぐる訴訟が決着し、事業継続に直接影響する形で競争相手の操業停止が報じられています。
エジソンの4分シリンダー構想と特許出願
トーマス・アルヴァ・エジソン(Thomas Alva Edison, 1847–1931)は1907年1月3日、「サウンド・レコード(Sound Record)」として、記録溝のピッチを約200スレッド毎インチ相当へ高密度化する考え方を含む特許を出願しました(後年に特許成立)。この系統の技術的検討は、当時すでに普及していた約2分再生のシリンダー方式を維持しつつ、再生時間を延ばすための重要な前提となり、のちに長時間再生シリンダー(アンベロール)の方向性を裏づける要素の一つになります。
- https://edison.rutgers.edu/images/patents/00964221.PDF
- https://patents.google.com/patent/US964221A/en
コロンビア系特許訴訟の控訴審決着とアメリカン・レコードの操業停止
1907年1月、アメリカン・グラフォフォン・カンパニー(American Graphophone Company)とアメリカン・レコード・カンパニー(American Record Company)をめぐる特許紛争は控訴審でアメリカン・グラフォフォン・カンパニー側が勝訴し、差止(インジャンクション)が認められた結果、アメリカン・レコード・カンパニーは操業停止に追い込まれたとされています。主要特許の帰趨が、当時の円盤レコード事業の継続可否を左右し得たことを示す事例です。
