1917年10月に録音された音楽

この記事は約7分で読めます。
スポンサーリンク

1917年10月に録音された音楽

1917年10月の世界は、第一次世界大戦の激化と社会運動の高まりが同時に進んだ月でした。西部戦線では第三次イーペル会戦(Third Battle of Ypres)の攻防が続き、10月12日の攻撃失敗は消耗戦の深刻さを改めて示しました。10月13日にはファティマ(Fátima)で大規模な宗教的集会が行われ、同地はこの年を代表する宗教的出来事の一つとして広く記憶されることになります。10月15日にはマタ・ハリ(Mata Hari, 1876–1917)がフランスで処刑され、戦時下の諜報と世論の緊張が象徴的に示されました。10月24日にはカポレットの戦い(Battle of Caporetto)が始まり、イタリア戦線は大きく動揺します。10月26日にはブラジル合衆国(United States of Brazil)がドイツ帝国へ宣戦し、戦争の地理的広がりはいっそう拡大しました。10月27日のニューヨーク市(New York City)では女性参政権行進が行われ、総力戦の時代における市民運動の存在感も強く示されました。さらに10月31日にはベエルシェバ(Beersheba)が英軍側に奪取され、中東戦線でも重要な転機が生まれています。

この月の確認されている録音:0曲

1917年10月の録音に関する情報のまとめ

1917年10月の録音業界では、戦時下でも月次新譜の投入と蓄音機販売の拡大が続いていました。同月の新聞広告と業界誌を確認すると、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)はブルー・アンベロールを継続販売し、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Co.)は月初発売の新譜を軸に商戦を進めていました。コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)は新譜販売と分割的な販売訴求を組み合わせ、エオリアン社(The Aeolian Company)のヴォカリオン(Vocalion)、ソノラ・フォノグラフ社(Sonora Phonograph Co.)、ブランズウィック=バルク=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Co.)、パテー・フレール・フォノグラフ社(Pathe Freres Phonograph Co.)も、1917年10月中の広告や業界誌上で販売活動を確認できます。以下では、当月の資料上で活動を直接確認できる企業のみを挙げます。

エジソン

トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)については、1917年9月末の新聞広告に10月物のブルー・アンベロールが発売中である旨が記されており、1917年10月の月初商戦に向けてシリンダー新譜が店頭投入されていたことを確認できます。さらに10月末の紙面では11月物ブルー・アンベロールの告知が見られるため、同社が1917年10月中もシリンダー新譜の月次販売を継続していたことがわかります。

ヴィクター

ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Co.)の販売店広告では、1917年10月1日の時点で10月分のヴィクター・レコードが発売中であることが明示されています。10月中の広告では新譜の販売訴求が継続して見られ、同社が月初発売の仕組みを軸に、機械とレコードの双方を継続的に販売していたことが確認できます。

コロムビア

コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)では、1917年10月の広告から、新譜販売だけでなく販売方式の工夫も確認できます。10月3日付広告では、一定条件のもとで蓄音機を届ける販売訴求が見られ、10月10日付広告ではコロムビア・レコード(Columbia Records)の新譜が告知されています。10月後半の広告ではコロムビア・グラフォノーラ(Columbia Grafonola)の家庭向け訴求も見られ、同社が機械とレコードを一体で売る方針を強めていたことがうかがえます。

エオリアン=ヴォカリオン

エオリアン社(The Aeolian Company)のヴォカリオン(Vocalion)は、1917年10月の広告で音質や用途を前面に出した販売を進めていました。10月6日付広告ではダンス用途への適性が強調され、10月11日付広告ではレコード購入を組み合わせた販売条件が示され、10月20日付広告では製品説明そのものを主題とする広告が掲載されています。1917年10月のヴォカリオンは、秋商戦に向けた積極的な販促が確認できる対象です。

ソノラ

ソノラ・フォノグラフ社(Sonora Phonograph Co.)については、1917年10月3日付広告で機種と価格帯を伴う販売訴求が確認できます。さらに同月の業界誌では、ソノラの販売促進に関する記事が見られ、10月の段階で同社が販売店網を通じた営業活動を進めていたことがわかります。1917年10月のソノラは、広告出稿と販促の両面で活動を確認できる企業です。

ブランズウィック

ブランズウィック=バルク=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Co.)のブランズウィック・フォノグラフ(Brunswick Phonograph)は、1917年10月後半の広告と業界誌で販売活動を確認できます。10月24日および10月26日付の広告では製品訴求が行われ、10月下旬には販売拠点の開設告知も見られます。1917年10月のブランズウィックは、商品広告だけでなく販売網整備を伴う動きとして位置づけられます。

パテ

パテ・フレール・フォノグラフ社(Pathe Freres Phonograph Co.)のパテーホン(Pathephone)は、1917年10月中の広告で継続的な販売活動が確認できます。10月18日付広告では製品自体の訴求が行われ、10月20日付ではパテーホンとパテ・レコード(Pathe Records)の販売が併記され、10月26日付ではレコード在庫を備えた販売体制が示されています。1917年10月のパテ・フレール・フォノグラフ社(Pathe Freres Phonograph Co.)は、機械とレコードの両面で販路を維持していたことを確認できます。