1897年2月に録音された音楽

この記事は約3分で読めます。
スポンサーリンク

1897年2月に録音された音楽

1897年2月は、国際紛争の処理で条約にもとづく仲裁が確認される一方、植民地支配の拡大と武力行使が各地で進みました。1897年2月2日、英領ギアナ植民地(Colony of British Guiana)とベネズエラ合衆国(United States of Venezuela)の境界問題を国際仲裁で解決するため、グレートブリテン及びアイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Ireland)とベネズエラ合衆国(United States of Venezuela)がワシントンで条約に署名しました。アフリカでは1897年2月、ベニン王国(Kingdom of Benin)に対する「懲罰遠征」とされる軍事行動が行われ、王都ベニン・シティ(Benin City)での略奪を含む深刻な文化財流出の契機になりました。インド洋では、マダガスカル王国(Kingdom of Madagascar)のラナヴァロナ3世(Ranavalona III, 1861–1917)が1897年2月27日に追放され、フランス側の統治再編が決定的になります。太平洋では、1897年2月16日までに仏領ポリネシア(French Polynesia)のライアテア島(Raiatea)でフランス軍が抵抗勢力を制圧した旨が報じられました。科学技術では、交流電力と誘導電動機の原理で知られるガリレオ・フェラリス(Galileo Ferraris, 1847–1897)が1897年2月7日に死去しています。社会史の一端として、米国ではアルフレッド・L・クラル(Alfred L. Cralle, 生没年不明)が「アイスクリーム用の型兼ディッシャー」を1897年2月2日付で特許化しました。

この月の確認されている録音:0曲

1897年2月の録音に関する情報のまとめ

1897年2月は、円盤式の録音・再生方式(グラモフォン)に関する制度面の整備が、特許という形で確認できる月です。録音史の文脈では、円盤レコードの商業化と流通の基盤が北米で固まりつつあったことを示す材料になります。

エミール・ベルリナーのカナダ特許(1897年2月24日)

エミール・ベルリナー(Emile Berliner, 1851–1929)は、グラモフォン(円盤式の蓄音機)に関するカナダ特許を1897年2月24日付で取得したとされます。円盤レコードの製造・販売を制度的に支える要素として位置づけられます。

アメリカン・グラフォフォン会社による訴訟(1897年2月、提訴)

アメリカン・グラフォフォン会社(American Graphophone Company)が、ウォルカット・アンド・リーズ(Walcutt and Leeds)の事業体に対して1897年2月に提訴したとされ、蓄音機技術と販売をめぐる法的係争が続いていた状況がうかがえます。