1890年2月に録音された音楽
1890年2月は、ベルリンで保険会社アリアンツ(Allianz)が設立され、ドイツ帝国では帝国議会選挙で中道派とドイツ社会民主党が躍進する一方、アメリカでは「スー族法」の施行によってグレート・スー居留地のおよそ数百万エーカーが連邦政府の支配下に置かれ入植に開放されるなど、産業資本主義の拡大とそれに伴う先住民土地収奪・議会政治の再編が同時進行していた月でした。
同じ2月には、アメリカで全国組織ナショナル・アメリカン・ウーマン・サフラージ協会(National American Woman Suffrage Association)が発足して女性参政権運動が新段階に入り、シカゴがコロンブス博覧会(World’s Columbian Exposition)の開催地に選ばれて近代大都市の象徴となる一方、アムステルダム市立劇場スタットスハウブルフが火災で全焼するなど、都市文化・大量消費社会・マイノリティの権利運動といった「20世紀的」テーマが世界各地でいっせいに姿を現した時期でもありました。
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1890年2月の録音に関する情報のまとめ
1890年2月の録音まわりの動きは、商業化が進む一方で、一次資料でも録音日の記載が「1890年2月〜5月頃」など幅を持って示されることが多いです。ここでは、一次資料が2月に直接言及しているもの、または「2月を含む期間」として明示される録音・技術・企業動向を、録音史の文脈でピックアップしています。
トーキング・ドール用録音の集中(Edison Talking Doll Records)
エジソンのトーキング・ドール向けの音声記録は、主として1890年2月〜5月に制作されたとされています。録音はエジソン・フォノグラフ・ワークス(Edison Phonograph Works)の雇用した少女たちが担った、という点が資料上はっきりしています。
トーキング・ドール録音の具体例(Twinkle, Twinkle Little Star ほか)
現存してデジタル化で聴ける例として「トゥインクル・トゥインクル・リトル・スター(Twinkle, Twinkle Little Star)」「リトル・ジャック・ホーナー(Little Jack Horner)」「ジャックとジル(Jack and Jill)」などが挙げられ、録音時期は「1890年2月〜5月頃」とされています。NPSは入手可能なデジタル音源を集め、計8点のトーキング・ドール録音をまとめています。


コイン式フォノグラフ興行の制度化(Automatic Phonograph Exhibition Company)
1890年2月、コイン投入でフォノグラフを作動させる興行モデルを統括する企業としてオートマチック・フォノグラフ・エキシビション社(Automatic Phonograph Exhibition Company)が設立(ニューヨークで法人化)されたと整理されています。コイン式の運用が拡大すると“聴かせるための録音(音楽・口演シリンダー)”需要が増えるため、録音供給の側にも強い追い風になります。

ジョン・オットの「クラリネット・シリンダー6本」記録
ジョン・オット(John Ott, 生没年不詳)について、1890年2月3日に「クラリネット・シリンダー6本(6 Clarinet cylinders)」とする記録が一次資料に見えます。作品名や演者名の粒度ではなく“業務上の録音単位”として残っている点が、この時期の録音実務の空気を伝えます。
スロット機向け部品の整備(musical arm for nickel-in-the-slot)
同じくオットの記録として、1890年2月8日・2月9日付近に「ニッケル・イン・ザ・スロット向けのミュージカル・アーム(musical arm)」を扱う記述があります。コイン式運用の現場要件(機構・保守)が、録音(シリンダー供給)と同じ日誌の中で並走しているのが特徴的です。
記録面材料の特許成立(Graphophone Tablet, US Patent 421,450)
ベル=テインター系グラフォフォン(Graphophone)の記録面材料として、濃縮オゾケライト蝋(ozocerite wax)を表面に用いる「タブレット(tablet)」の特許(US Patent 421,450)が1890年2月18日に成立しています。材料・表面層の設計は、摩耗の抑制や安定再生に直結するため、録音メディアの品質の土台を押し上げる改良点です。
https://patentimages.storage.googleapis.com/ab/79/4f/94634070b681a1/US421450.pdf
法人再編:エジソン・ユナイテッド・フォノグラフ社(Edison United Phonograph Company)
エジソン関連年表では、1890年2月24日にエジソン・ユナイテッド・フォノグラフ社(Edison United Phonograph Company)が組織化されたとされています。録音そのものの出来事ではありませんが、特許・流通・運用の枠組み再編は、録音物(シリンダー)をどう供給し収益化するかの前提条件になります。
コイン・スロット特許をめぐる紛争の表面化(Automatic vs North American)
1890年の連邦判例資料では、オートマチック社とノース・アメリカン・フォノグラフ社(North American Phonograph Company)側の契約・支配権をめぐる争いが読み取れます。争点は機械の販売・運用ですが、興行が伸びるほど“中身=録音シリンダー”の供給がビジネスの核心へ寄っていきます。
https://law.resource.org/pub/us/case/reporter/F/0045/0045.f1.0001.pdf

視覚メディアとの結合発想(The Optical Magic Lantern Journal, 1890年2月号)
1890年2月号の『The Optical Magic Lantern Journal』には、写真(連続画像)とフォノグラフを組み合わせる発想が、すでに「新しくない」ものとして紹介されています。録音を“単独の音”ではなく、視覚メディアと結合した記録体験へ拡張しようとする想像力が、専門領域で共有されていたことを示します。
1890年前後の円筒録音の位置づけ(Library of Congress概説)
米国議会図書館(Library of Congress)の概説では、1890年前後にコイン式フォノグラフが伸び、それに用いる音楽シリンダーが供給されていった流れが述べられています。1890年2月の企業・制度・特許の動きを「聴かせる録音」へ接続するための、大づかみな時代の座標として使えます。

