1891年8月に録音された音楽

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1891年8月に録音された音楽

1891年7月は、知の流通と社会の緊張が同時に可視化された月でした。アメリカ合衆国(United States of America)では1891年7月1日に国際著作権法(International Copyright Act of 1891)が施行され、国境を越える出版と創作の保護が制度として前進しました。通信と決済の面では1891年7月4日にウィーン郵便為替条約(Vienna Postal Order Convention)やウィーン代金引換条約(Vienna Cash on Delivery Convention)が調印され、郵便ネットワークが「送る」だけでなく「支払う」までを担う方向へ整備されます。政治と軍事ではチリ内戦(1891年)(Chilean Civil War of 1891)で議会派の軍備が1891年7月上旬に北部へ到着し、戦局が次段階へ移る兆しが強まりました。労働史ではクイーンズランド植民地(Colony of Queensland)の1891年シアラーズ・ストライキ(1891 shearers’ strike)で1891年7月に闘争方針の宣言が公に流通し、近代的な労働運動の言語が形成されていきます。さらに北米先住民政策ではパインリッジ・ローズバッド・スー族との協定(Agreement with the Pine Ridge and Rosebud Sioux, 1891)が1891年7月に結ばれ、保留地境界と土地をめぐる再編が進められました。

この月の確認されている録音:0曲

1891年8月の録音に関する情報のまとめ

1891年8月について、現存する主要な録音目録やディスコグラフィでは「この月に録音された個別題目」を月単位で確定できる情報は資料上確認できません。一方で、円筒式録音(蝋管)を事業として運用していた地域フォノグラフ会社群とトーマス・アルバ・エジソン(Thomas Alva Edison, 1847–1931)側との往復書簡が1891年8月付で複数確認でき、録音(円筒レコード)を含む事業運営が継続していたことは一次資料のメタデータから確認できます。また同月、エジソンの映像装置(無声)に関する特許出願が行われたことが確認でき、音の記録産業と同時代の周辺技術の動きとして位置づけられます。

1891年8月付の業務書簡にみる円筒録音ビジネスの継続

1891年8月4日付でウエスタン・ペンシルベニア・フォノグラフ・カンパニー(Western Pennsylvania Phonograph Co)からエジソン宛の書簡があり、件名分類に「円筒レコード(Cylinder recordings)」が含まれています。さらに1891年8月18日付でニュー・ジャージー・フォノグラフ・カンパニー(New Jersey Phonograph Co)からエジソン宛の書簡があり、分類に「円筒レコード(Cylinder recordings)」および「円筒式蓄音機(Cylinder phonograph)」が含まれます。これらは内容全文をここで断定できないものの、少なくとも1891年8月時点で円筒録音物の契約・運用をめぐる実務が動いていたことを、アーカイブの一次資料メタデータとして裏づけます。

1891年8月の「録音日」特定が難しい理由

1890年代前半の商用円筒録音は、現存資料の多くが「年単位」または「年レンジ」で整理され、録音日(まして月日)まで確定できるケースが限られます。そのため1891年8月に「どの題目が録音されたか」を月ページの見出しとして確定するには、同月日付の現場記録・台帳・広告(録音日を明記するもの)などが必要ですが、主要な公開ディスコグラフィ類からは少なくとも本月に限定した確定情報は資料上確認できません。

1891年8月の周辺トピックスとしての映像装置(無声)特許出願

1891年8月には、エジソンによるキネトスコープ(Kinetoscope)およびキネトグラフ(Kinetograph)の特許出願が行われたことが確認できます。これらは音声記録そのものではありませんが、同時代に「記録メディア」をめぐる研究開発が並走していた事実として、蓄音機産業史の月次背景に組み込める周辺情報です。