1916年9月に録音された音楽

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1916年9月に録音された音楽

1916年9月は、各国が戦時体制と国内制度の両面で再編を進めた月でした。アメリカ合衆国では9月1日にキーティング=オーウェン児童労働法(Keating-Owen Child Labor Act)が成立し、児童労働で生産された商品の州際取引に制限が設けられました。9月3日にはアダムソン法(Adamson Act)が成立し、州際鉄道労働者の8時間労働制が法制化されました。9月7日には連邦被用者補償法(Federal Employees’ Compensation Act)が署名され、連邦職員向けの労災補償制度が整えられました。西部戦線では9月15日のフレール=クルスレットの戦い(Battle of Flers-Courcelette)で戦車が初めて実戦投入され、兵器史の転換点となりました。オーストラリアでは9月にオーストラリア飛行軍第3飛行隊(3rd Squadron, Australian Flying Corps)が編成され、航空戦力の整備が進みました。さらにアメリカ合衆国では1916年に国立研究会議(National Research Council)の組織化が進み、科学研究を国家運営へ結びつける体制が形を取り始めました。

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1916年9月の録音に関する情報のまとめ

1916年9月の録音業界では、シリンダー陣営のトーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)が秋季販売に向けた新譜供給と販促物の拡充を進め、ディスク陣営ではビクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)とコロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Company)が9月新譜の市場投入を進めていました。新興企業ではマジェスティック・フォノグラフ社(Majestic Phonograph Company, Inc.)の業界誌広告も見られ、既存大手と新規参入勢が並行して動いていた月でした。1916年9月に確認できる主な企業活動は、新譜供給、販促、販売網拡張、業界誌広告です。

エジソン

トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)では、1916年8月号の『エジソン・フォノグラフ・マンスリー』(Edison Phonograph Monthly)に9月のブルー・アンベロール・レコード(Blue Amberol Records)一覧が掲載され、9月発売盤の供給計画が示されていました。1916年9月号では、アンベローラ(Amberola)販売店に対して比較実演の実施、吊り広告やチラシなど印刷物の活用、さらに10月新譜の全点立ち注文が勧められており、同社が新譜発売と販促強化を同時に進めていたことが分かります。1916年9月の個別録音日程は不明ですが、同月にシリンダー販売を継続的に推進していたことは明確です。

ビクター

ビクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)では、1916年9月の『ニュー・ビクター・レコード』(New Victor Records)で、ブラウン・ブラザーズ・サクソフォン・セクステット(Brown Brothers Saxophone Sextette)による「Pussyfoot March」と「Bull Frog Blues」がフォックストロットとして掲げられていました。これらは当時の舞踏音楽需要に対応した新譜であり、同社が1916年9月の市場でダンス向けディスクの供給を前面に出していたことを示しています。1916年9月の全録音日程は不明ですが、9月新譜の販売展開は明確に確認できます。

コロムビア

コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Company)では、1916年8月号の『トーキング・マシン・ワールド』(The Talking Machine World)に「1916年9月のレコード・ブレティン」が掲載され、9月新譜の供給予定が告知されていました。加えて、カリフォルニア大学サンタバーバラ校のアメリカン・ディスコグラフィ・プロジェクト(American Discography Project)の1916年9月30日付日別ページには、1916年9月収録および1916年9月11日録音のコロムビア項目が現れています。これにより、同社が9月中も録音活動と発売準備を継続していたことが確認できます。販売政策全体と全録音一覧は不明です。

マジェスティック

マジェスティック・フォノグラフ社(Majestic Phonograph Company, Inc.)は、1916年9月号の『トーキング・マシン・ワールド』(The Talking Machine World)に広告を出しており、同月の業界誌上で営業活動を行っていました。1916年4月号には同社の設立に関する記事も見られ、1916年9月時点で新興企業として市場参入を進めていたことが分かります。1916年9月の個別録音日程や発売一覧は不明ですが、同月に機械・レコード関連事業を積極的に周知していたことは確認できます。