1925年5月に録音された音楽
1925年5月は、政治、社会、科学、文化の各分野で転換が重なった月でした。アメリカ合衆国テネシー州ではジョン・トマス・スコープス(John Thomas Scopes, 1900–1970)をめぐる進化論教育事件が本格化し、宗教と科学教育の衝突が国際的な論点になりました。北極圏ではロアール・アムンセン(Roald Amundsen, 1872–1928)が5月21日に北極点到達を目指す飛行に出発し、航空探検の新段階を示しました。日本では5月23日に北但馬地震が発生し、兵庫県北部に大きな被害を与えました。中国では5月30日の五・三〇事件(May Thirtieth Incident)を契機に反帝国主義運動と労働争議が急速に拡大しました。地中海では5月1日にキプロス植民地(Crown Colony of Cyprus)が成立し、イギリス帝国支配の再編が明確になりました。パリでは国際現代装飾工芸美術博覧会(Exposition internationale des arts décoratifs et industriels modernes)が強い注目を集め、のちにアール・デコと総称される装飾様式の普及を後押ししました。
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1925年5月の録音に関する情報のまとめ
1925年5月の録音業界は、機械式録音から電気録音への移行が、試験段階から実際の発売と流通へ進み始めた時期でした。当月の同時代業界誌、年次カタログ、後年の厳密なディスコグラフィ研究を突き合わせると、主要各社は新録音法の導入、新譜供給の再編、販売訴求の更新を並行して進めていたことが確認できます。当月の資料上で活動を確認できる企業に限ると、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)、コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Co., Inc.)、ブランズウィック=バルク=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Co.)、ゼネラル・フォノグラフ社(General Phonograph Corporation)のオーケー・レコード(Okeh Records)を挙げることができます。
ヴィクター
ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)では、1925年5月中に電気録音盤が実売段階へ入りました。後年の実証研究では、3月録音の電気録音マスターを用いた盤が5月中に発売へ進み、同社が機械式録音中心の時代から新方式の商業運用へ踏み出したことが確認されています。
- https://mainspringpress.org/2025/06/18/the-beginning-of-electrical-recording-part-2-columbia-victor-and-the-western-electric-system/
- https://archive.org/details/catalogueofvicto00vict_0
コロムビア
コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Co., Inc.)では、1925年5月に最初期の電気録音盤の発売が確認できます。後年の検証では、コロムビア 326-D が5月発売とされており、同月にはニューヨークのメトロポリタン歌劇場(Metropolitan Opera House)で収録された電気録音も発売一覧に含まれていましたが、当時の広告では録音方式の変更は公然とは強調されていませんでした。
- https://mainspringpress.org/2025/06/18/the-beginning-of-electrical-recording-part-2-columbia-victor-and-the-western-electric-system/
- https://archive.org/details/columbia-1925-catalogue_202205
ブランズウィック
ブランズウィック=バルク=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Co.)では、1925年5月は機械式録音と電気録音が併存した移行月でした。後年の研究では、同社の電気録音商業マスターは4月7日から作られ始めており、4月と5月には両方式の録音が並行して続いていたことが確認されます。また、1925年版の総合カタログからは、同社が新譜供給と商品構成の更新を進めていたことも読み取れます。
- https://mainspringpress.org/2025/07/25/the-beginning-of-electrical-recording-part-3-music-by-photography-brunswick-and-the-pallophotophone-process/
- https://archive.org/details/brunswickrecords00brun_0
オーケー
ゼネラル・フォノグラフ社(General Phonograph Corporation)のオーケー・レコード(Okeh Records)については、1925年5月15日号の『トーキング・マシン・ワールド(The Talking Machine World)』から、同社の録音室と技術担当者が紹介され、録音業務が継続中であったことを確認できます。同号にはオーケー・レコードの広告も載っており、同社がレース・レコードの販売訴求を当月も続けていたことが読み取れます。
