1890年11月に録音された音楽
1890年11月は、都市インフラと国家制度、そして金融の緊張が同時に進んだ月でした。1890年11月4日、ロンドンでシティ・アンド・サウス・ロンドン鉄道(City and South London Railway)が開業し、地下空間を使った大量輸送の実験が現実の交通として動き出します。金融面では、ロンドンのベアリング・ブラザーズ商会(Barings Bank)の危機が表面化し、1890年11月15日にイングランド銀行(Bank of England)が主導する救済枠組みが公表されました。王位継承でも転換があり、1890年11月23日にオランダ国王ウィレム3世(William III, 1817–1890)が死去し、ウィルヘルミナ女王(Wilhelmina, 1880–1962)が即位、ルクセンブルク大公国はアドルフ・ナッサウ公(Adolphe, Duke of Nassau, 1817–1905)へ継承されました。日本では1890年11月29日に大日本帝国憲法(Meiji Constitution)が施行され、帝国議会(Imperial Diet)が開かれ、制度としての近代国家が本格的に始動します。
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1890年11月の録音に関する情報のまとめ
1890年11月の録音史料は、日付つきの「録音実施記録」よりも、販売案内やカタログ形態で残る例が確認できます。例えば、コロンビア・フォノグラフ・カンパニー(Columbia Phonograph Company)は1890年11月24日付の案内で「レコード」を提供していることが記されており、少なくとも同月時点でワックス・シリンダー記録が商品として流通していた状況がうかがえます。一方で、個々の曲の録音日を1890年11月に特定できる一次資料は、今回参照した範囲では十分に確認できません。また、技術面ではトーマス・アルバ・エジソン(Thomas Alva Edison, 1847–1931)が1890年11月17日付でシリンダー録音装置に関する特許出願資料を残しており、録音実務と並行して装置改良が進んでいたことが確認できます。
1890年11月24日付の「レコード」提供告知(コロンビア・フォノグラフ・カンパニー)
1890年11月24日付で、コロンビア・フォノグラフ・カンパニー(Columbia Phonograph Company)は「レコード」を「在庫があり、卸売・小売で販売する」として告知し、注文を受けて迅速に発送する旨を示しています。同文面では「音量」と「明瞭さ」を基準に選定した音楽として、アメリカ合衆国海兵隊軍楽隊(United States Marine Band)の演目を掲げており、1890年11月時点でワックス・シリンダー記録が商品として編成され、販売案内として流通していたことが確認できます。
レパートリーの編成(行進曲・ポルカ・ワルツなど)
同じ1890年11月24日付の一覧は、行進曲、ポルカ、ギャロップ、ワルツなどの区分で構成され、各区分の中に曲名が並べられています。これは、録音を単発の出来事としてではなく、ジャンル別の選曲リストとして提示し、購入者が「用途に合う曲」を選べるようにした設計だったことを示します。1890年11月の段階で、録音物が「曲目の束」として編集される発想が具体的な紙面に現れている点が重要です。
注文時の指定項目(CLASS・NUMBER・NAME)と初期カタログ実務
1890年11月24日付の文面には、注文の際に「CLASS」と「NUMBER」と「NAME of selection」を指定するよう求める注意書きがあります。つまり、区分(ジャンル等)・番号・曲名という最小限のメタデータで注文を成立させる運用が、1890年11月時点で明示されていました。録音史の観点では、音源そのものだけでなく、販売・管理のための記述体系が早い段階から整えられていたことを示す資料です。
