1928年8月に録音された音楽
1928年8月は、政治・外交・放送技術・舞台芸術が同時に動いた月です。8月10日にはジョン・ロジー・ベアード(John Logie Baird, 1888–1946)が立体テレビジョンの実演を行い、映像技術の新段階を示しました。8月12日にはアムステルダム1928オリンピック競技大会(Olympic Games Amsterdam 1928)が閉幕し、国際競技大会の存在感はいっそう大きくなりました。8月22日にはアルフレッド・エマニュエル・スミス(Alfred Emanuel Smith, 1873–1944)が民主党大統領候補受諾演説を行い、アメリカ合衆国の選挙戦は本格化しました。8月27日には国家政策の手段としての戦争放棄に関する条約(General Treaty for Renunciation of War as an Instrument of National Policy)が調印され、第一次世界大戦後の国際協調を象徴する出来事となりました。8月30日には連邦無線委員会(Federal Radio Commission)の一般命令第四十号(General Order No. 40)が出され、放送周波数整理は新段階に入りました。8月31日にはベルトルト・ブレヒト(Bertolt Brecht, 1898–1956)とクルト・ユリウス・ヴァイル(Kurt Julian Weill, 1900–1950)による三文オペラ(Die Dreigroschenoper / The Threepenny Opera)がベルリンのシフバウアーダム劇場(Theater am Schiffbauerdamm)で初演され、同時代の都市文化を象徴する作品となりました。
この月の確認されている録音:0曲
1928年8月の録音に関する情報のまとめ
1928年8月の録音業界は、電気録音盤の販売だけでなく、ラジオとフォノグラフを組み合わせた複合機、販売店向けの広告支援、新ライン披露による販路確保が同時進行していたことを、当月号とその直後の同時代業界資料から確認できます。当月資料上で活動を比較的明瞭に追えるのは、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)、コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company)、ブランズウィック=バルケ=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Company)、ソノラ・フォノグラフ社(Sonora Phonograph Co.)です。1928年8月は、録音物の販売競争が単体レコードだけでなく、家庭用娯楽機器全体の構成と販売網の整備を含む商戦へ移っていたことが読み取れます。
ヴィクター
1928年8月の同時代広告では、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)がオルソフォニック・ヴィクトローラ(Orthophonic Victrola)とラジオラ18(Radiola 18)を組み合わせた複合機を前面に出しており、ラジオとレコード再生の両方を備えた家庭用高級機器として市場訴求を強めていたことが確認できます。1928年8月のヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)は、単体のフォノグラフよりも、家庭内娯楽を一台にまとめた商品構成を押し出していました。
- https://archive.org/stream/talkingmachinew24bill/talkingmachinew24bill_djvu.txt
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/20s/Talking-Machine-1928-08.pdf
コロムビア
1928年8月号のザ・トーキング・マシン・ワールド(The Talking Machine World)では、コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company)のポータブル機、ポール・ホワイトマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Paul Whiteman and His Orchestra)のレコード、マスターワークス・アルバム(Masterworks Albums)が並列して訴求されていました。さらに1928年9月15日号のミュージック・トレード・レビュー(Music Trade Review)では、コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company)がコロムビア・ラジオ各機種を具体的な価格と筐体仕様つきで展開しており、レコード、フォノグラフ、ラジオを一体の販売線上で扱っていたことが確認できます。1928年8月前後のコロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company)は、録音物そのものと再生機器をまとめて売る商品構成を強めていました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/20s/Talking-Machine-1928-08.pdf
- https://elibrary.arcade-museum.com/classic/Music-Trade-Review/1928-87-11/14
ブランズウィック
1928年8月号のザ・トーキング・マシン・ワールド(The Talking Machine World)では、ブランズウィック=バルケ=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Company)の電気録音盤が75セント盤と1ドル盤として大きく告知されており、同社が電気録音のレパートリーを価格帯別に整理して強く訴求していたことが分かります。さらに1928年9月15日号のミュージック・トレード・レビュー(Music Trade Review)では、同社パナトロープ部門の販売店支援部門にエイチ・イー・リンゴールド(H. E. Ringold, 生没年不明)が就き、販売店の広告問題を助ける体制が整えられたことが報じられています。1928年8月前後のブランズウィック=バルケ=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Company)は、電気録音盤の価格訴求と販売店支援の両面で市場拡大を進めていました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/20s/Talking-Machine-1928-08.pdf
- https://elibrary.arcade-museum.com/classic/Music-Trade-Review/1928-87-11/18
ソノラ
ソノラ・フォノグラフ社(Sonora Phonograph Co.)については、1928年9月15日号のミュージック・トレード・レビュー(Music Trade Review)に、エイチ・ジー・シュルツ社(H. G. Schultz, Inc.)のクリーブランド支店が新しいソノラ・ラインの披露で54店を獲得したことが載っています。記事では、新ラインが9月15日に出荷開始予定であったことに加え、販売店向けの披露会でラジオ・コンビネーションとフォノグラフが高く評価され、「初期の8月生産分」をより多く必要とするとの電報が紹介されています。したがって、1928年8月段階のソノラ・フォノグラフ社(Sonora Phonograph Co.)は、新ラインの生産配分と販路確保がすでに具体的な商談段階に入っていたことが確認できます。
