1891年7月に録音された音楽
1891年7月は、知の流通と社会の緊張が同時に可視化された月でした。アメリカ合衆国(United States of America)では1891年7月1日に国際著作権法(International Copyright Act of 1891)が施行され、国境を越える出版と創作の保護が制度として前進しました。通信と決済の面では1891年7月4日にウィーン郵便為替条約(Vienna Postal Order Convention)やウィーン代金引換条約(Vienna Cash on Delivery Convention)が調印され、郵便ネットワークが「送る」だけでなく「支払う」までを担う方向へ整備されます。政治と軍事ではチリ内戦(1891年)(Chilean Civil War of 1891)で議会派の軍備が1891年7月上旬に北部へ到着し、戦局が次段階へ移る兆しが強まりました。労働史ではクイーンズランド植民地(Colony of Queensland)の1891年シアラーズ・ストライキ(1891 shearers’ strike)で1891年7月に闘争方針の宣言が公に流通し、近代的な労働運動の言語が形成されていきます。さらに北米先住民政策ではパインリッジ・ローズバッド・スー族との協定(Agreement with the Pine Ridge and Rosebud Sioux, 1891)が1891年7月に結ばれ、保留地境界と土地をめぐる再編が進められました。
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1891年7月の録音に関する情報のまとめ
1891年7月は、録音機器そのものの改良と、録音を社会へ流通させるための事業・契約・興行が同時に動いた時期として把握できます。トーマス・アルバ・エジソン(Thomas A. Edison, 1847–1931)名義のフォノグラフ関連特許が1891年7月21日に成立しており、同日にフォノグラフ人形(いわゆるトーキング・ドール)に関する特許も成立しています。また、エジソン・ユナイテッド・フォノグラフ・カンパニー(Edison United Phonograph Co)とジョージ・エドワード・グローラウド(George Edward Gouraud, 1842–1912)による1891年7月9日付の契約文書が確認でき、権利と事業運用が国際的に整理されていく局面も見えます。加えて、1891年7月の新聞記事にはフォノグラフの講演・公開実演が記録されており、録音が「技術」から「見世物・体験」へ転換していく現場の様子も追えます。
エジソンのフォノグラフ特許
エジソンによる「フォノグラフ(Phonograph)」の合衆国特許(United States patent)が1891年7月21日に成立しており、少なくともこの時点でフォノグラフの機構改良が特許文書として公的に固定されたことが確認できます。録音史の観点では、同時代の録音が装置の性能と運用に強く依存していたため、特許成立は録音の品質・複製・耐久性などの改善余地と結びつく重要な手掛かりになります(ただし、この特許の内容がただちにどの録音に反映されたかは資料上ここからは確定できません)。
- https://edisondigital.rutgers.edu/patents/document/PAT456302
- https://edison.rutgers.edu/images/patents/00456302.PDF
トーキング・ドール用レコードの技術的前提
同じ1891年7月21日に、エジソン名義で「フォノグラフ人形(Phonograph-Doll)」の合衆国特許(United States patent)が成立しています。この日付は、1890年に出願された発明が特許として成立した「手続上の節目」を示すもので、録音や製造の再開時期を直接示すものではありません。一方で、この特許は小型の記録媒体を用いて音声を再生する玩具商品の技術的枠組みが、少なくとも合衆国特許(United States patent)の文書として公的に固定されていたことを示します。
- https://edisondigital.rutgers.edu/patents/document/PAT456301
- https://www.nps.gov/edis/learn/photosmultimedia/a-cultural-history-of-the-edison-talking-doll-record.htm
エジソン・ユナイテッド・フォノグラフの契約文書
エジソン・ユナイテッド・フォノグラフ・カンパニー(Edison United Phonograph Co)とジョージ・エドワード・グローラウド(George Edward Gouraud, 1842–1912)による1891年7月9日付の契約(Agreement)が、トーマス・アルバ・エジソン・ペーパーズ・デジタル・エディション(The Thomas A. Edison Papers Digital Edition)で確認できます。メタデータ上、この文書は特許の譲渡・ライセンス・ロイヤルティ(Patent assignments, licenses, and royalties)および円筒フォノグラフ(Cylinder phonograph)に関するものとされており、録音機器と録音ビジネスの権利処理が国際展開を前提に整理されていた一端を示します。
- https://edisondigital.rutgers.edu/document/D0018AAD
- https://en.wikipedia.org/wiki/George_Edward_Gouraud
フォノグラフの講演・公開実演
1891年7月11日付の新聞記事として、「フォノグラフ(Phonograph)」の講演と実演が行われたことを伝える記録が確認できます。ここではフォノグラフが「驚異の装置」として観客に提示され、音がその場で体験される催しとして成立していた様子が読み取れます。録音史の観点では、こうした公開実演は録音内容そのものだけでなく、録音機器の普及、そして録音が娯楽・教育・宣伝へ浸透する導線として位置づけられます(ただし、当日の実演で用いられた具体的な録音レパートリーや媒体の種類は、この記事からは確定できません)。
