1891年11月に録音された音楽
1891年11月は、電気と通信が労働組織や都市インフラを通じて社会へ深く入り込む一方、帝国の周縁では民族暴力と公衆衛生の危機が同時進行した月でした。11月11日には内モンゴルで金丹道事件が起き、漢人系結社によるモンゴル系住民への大規模な殺害と破壊が報告され、清朝(Qing dynasty)の官軍による鎮圧は同年末まで及びます。北半球ではコレラ流行と凶作の連鎖が拡大し、ロシア帝国の1891年–1892年飢饉への対応として、政府が11月17日に民間の救援組織結成を呼びかけました。米国では11月28日に国際電気労働者組合(International Brotherhood of Electrical Workers)がミズーリ州セントルイスで組織され、電化時代の労働条件をめぐる動きが形になります。宗教界ではローマ教皇レオ13世(Leo XIII, 1810–1903)が11月30日に使徒書簡「Sapienter olim」を公表し、同時代の社会問題へのカトリック教会の応答が積み重ねられていきました。
この月の確認されている録音:0曲
1891年11月の録音に関する情報のまとめ
1891年11月の「録音そのもの」を日付単位で特定できる公開資料は、今回参照した範囲では限定的でした。一方で、同月は録音円筒の複製技術(母型作成や電鋳など)をめぐる技術メモが残り、さらに業界側が自社網や展示・運用の実態を整理して発信していたことが確認できます。つまり、作品単位の新録音リストというより、録音を量産・流通させるための技術と事業の足場が強化されていく局面として把握できます。
フォノグラム(雑誌)
ノース・アメリカン・フォノグラフ・カンパニー(North American Phonograph Company)に関係する編集者ヴァージニア・H・マクレイ(Virginia H. McRae, 生没年不明)が編集した雑誌『The Phonogram』は、1891年11月(11月–12月合併号)として当時の号が公開されており、蓄音機(フォノグラフ)関連の技術記事に加えて、アメリカ合衆国内のフォノグラフ会社の組織や進展を扱う項目が掲げられています。録音コンテンツの新作告知というより、装置の運用、会社網、利用現場の拡大を背景にした業界メディアの性格が読み取れます。
- https://archive.org/details/Phonogram1_11-12
- https://www.loc.gov/programs/national-recording-preservation-plan/tools-and-resources/historical-background/north-american-phonograph-company/
エジソン系の円筒複製技術メモ
トーマス・アルバ・エジソン(Thomas Alva Edison, 1847–1931)関連の資料群では、アルバート・ワース(Albert Wurth, 生没年不明)およびチャールズ・ワース(Charles Wurth, 生没年不明)が用いたノートが、1891年11月からの期間を含む形で現存し、録音円筒を複製するための電鋳(電気めっき)工程や、実験用の録音装置に関する記述、さらに作業で用いた音源のリストを含むと説明されています。また、このノートはアメリカン・グラフォフォン・カンパニー対ナショナル・フォノグラフ・カンパニーの訴訟(American Graphophone Company v. National Phonograph Company)で証拠として用いられた旨も示されており、1891年11月が「録音の量産技術」と「権利・事業の対立」が結びつく時期であったことを裏づけます。
