1894年6月に録音された音楽

この記事は約3分で読めます。
スポンサーリンク

1894年6月に録音された音楽

1894年6月は、政治的緊張と都市インフラの象徴が同時に刻まれた月でした。1894年6月23日、ピエール・ド・クーベルタン(Pierre de Coubertin, 1863–1937)らの提唱で国際オリンピック委員会(International Olympic Committee)が設立され、近代オリンピックの制度的な出発点が置かれました。翌1894年6月24日にはフランス共和国大統領マリー・フランソワ・サディ・カルノー(Marie François Sadi Carnot, 1837–1894)がリヨンでサンテ・ジェロニモ・カセリオ(Sante Geronimo Caserio, 1873–1894)に刺殺され、ヨーロッパの政治不安を象徴する事件となりました。1894年6月30日にはタワー・ブリッジ(Tower Bridge)が開通し、近代都市ロンドンの交通と景観を体現する新名所が誕生します。一方アメリカ合衆国では、ユージン・V・デブス(Eugene V. Debs, 1855–1926)が率いるアメリカン・レイルウェイ・ユニオン(American Railway Union)が1894年6月26日にプルマン車両のボイコットを開始し、社会の緊張は産業と交通の現場へ波及しました。

この月の確認されている録音:0曲

1894年6月の録音に関する情報のまとめ

1894年6月の録音史を月単位で見ると、個別作品の録音日が確定できる話題よりも、流通と権利の枠組みが揺れた動きが確認できます。特にノース・アメリカン・フォノグラフ・カンパニー(North American Phonograph Company)をめぐる債務問題は、地域販売会社の体制やレコード供給の前提に影響しうる出来事として位置づけられます。

ノース・アメリカン・フォノグラフ・カンパニーの債務問題

1894年6月、エジソン・フォノグラフ・ワークス(Edison Phonograph Works)がノース・アメリカン・フォノグラフ・カンパニー(North American Phonograph Company)の未払い債務の支払いを求めたことが記録されています。結果として同社は1894年8月に管財管理へ移行しており、1894年6月はその「資金繰りの臨界」に近い局面として捉えられます。録音物の生産自体だけでなく、販売権・供給網・地域会社の事業継続が同時に不安定化しうるため、録音文化の広がり方にも間接的な影響を及ぼし得た月でした。

ユナイテッド・ステーツ・グラモフォン・カンパニーの設立

1894年(年月不明)にエミール・ベルリナー(Emile Berliner, 1851–1929)がユナイテッド・ステーツ・グラモフォン・カンパニー(United States Gramophone Company)を設立したことが記されています。円筒に対する円盤(ディスク)という別系統の再生メディアを事業として成立させようとする動きが、同年に明確化していた点は、録音メディアの分岐を考える手がかりになります。