1914年に録音された音楽
1914年は、政治・経済・科学・文化の回路が同時にきしみ、世界が「戦時の論理」へ傾いていく転換点でした。サラエヴォ事件(Assassination of Archduke Franz Ferdinand, 1914年6月28日)で、皇太子フランツ・フェルディナント(Franz Ferdinand, 1863–1914)が暗殺されると、七月危機(July Crisis, 1914年)を経て宣戦が連鎖し、第一次世界大戦(World War I, 1914–1918)が始まります。西部戦線(Western Front)では第一次マルヌ会戦(First Battle of the Marne, 1914年9月6日–12日)後に前線が固定化し、塹壕と砲撃の消耗戦が常態となりました。東部戦線(Eastern Front)ではタンネンベルクの戦い(Battle of Tannenberg, 1914年8月26日–30日)が大規模包囲戦の典型として刻まれます。英国内では国防法(Defence of the Realm Act 1914, 1914年8月8日)が成立し、検閲や生活統制を含む非常時権限が法的に裏づけられました。戦争の地理は急速に広がり、オスマン帝国(Ottoman Empire)は黒海襲撃(Black Sea Raid, 1914年10月29日)を契機に参戦し、英仏は1914年11月5日に宣戦します。日本は1914年8月23日に対独宣戦し、青島の戦い(Siege of Tsingtao, 1914年9月–11月)では1914年11月7日にドイツ守備隊が降伏しました。年末には西部戦線各地でクリスマス休戦(Christmas Truce, 1914年12月)が生じ、総力戦の只中で人間的な衝動が顔を出した出来事として語り継がれます。
同年はまた、戦争とは別の回路でも近代の速度が増しました。パナマ運河(Panama Canal)は1914年8月15日に公式開通し、大西洋–太平洋の航路は地政学的にも商業的にも再設計されます。民間航空ではセントピーターズバーグ=タンパ航空路(St. Petersburg–Tampa Airboat Line, 1914年1月1日就航)が定期旅客運航の先駆として知られ、操縦士トニー・ヤヌス(Tony Jannus, 1889–1916)が飛行艇で湾を渡りました。金融制度でも、連邦準備制度(Federal Reserve System)の連邦準備銀行が1914年11月16日に業務を開始し、信用不安への対応を担う中央銀行システムが実働段階へ入ります。米国では連邦取引委員会法(Federal Trade Commission Act, 1914年9月26日署名)により連邦取引委員会(Federal Trade Commission)が創設され、クレイトン反トラスト法(Clayton Antitrust Act, 1914年10月15日署名)が独占規制を補強しました。産業と労働の現場では、フォード・モーター社(Ford Motor Company)が1914年1月5日に「5ドル・デー(Five-Dollar Day)」と8時間労働を公表し、賃金・生産性・大衆消費の結びつきを象徴的に示します。探検の世界でも、アーネスト・シャクルトン(Ernest Shackleton, 1874–1922)が率いる帝国南極探検(Imperial Trans-Antarctic Expedition, 1914–1917)が開戦直後に出航し、科学と冒険が同居する時代精神を映しました。
一方で、日常の脆さも露わになります。カナダの客船RMS エンプレス・オブ・アイルランド(RMS Empress of Ireland)は1914年5月29日に衝突沈没し、1,012人が死亡しました。知の領域では、ジェームズ・フランク(James Franck, 1882–1964)とグスタフ・ルートヴィヒ・ヘルツ(Gustav Ludwig Hertz, 1887–1975)がフランク=ヘルツの実験(Franck–Hertz experiment, 1914年)を発表し、原子のエネルギー準位が離散的であることを支持する決定的な手掛かりを与えます。社会制度ではハリソン麻薬税法(Harrison Narcotics Tax Act, 1914年12月17日署名)が成立し、薬物・医療・流通をめぐる近代国家の統治課題が制度として固定されていきました。文化面では、ジェイムズ・ジョイス(James Joyce, 1882–1941)の短編集『ダブリナーズ』(Dubliners, 1914年6月15日刊行)が都市生活の細部を精密に描き、チャールズ・チャップリン(Charles Chaplin, 1889–1977)は1914年の作品群で放浪者像「トランプ(The Tramp)」を定着させ、スクリーン・コメディを世界規模の大衆文化装置へ押し上げます。1914年は、破壊と技術、制度と表現が同時に加速し、やがて新聞・映画・録音を含むマスメディアが戦争と日常の双方を媒介していく「20世紀の生活様式」の輪郭を強く刻み込んだ年でした。
