1918年2月に録音された音楽

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1918年2月に録音された音楽

1918年2月は、第一次世界大戦の終盤に政治秩序と社会制度の再編が同時に進んだ月でした。2月5日には兵員輸送中のタスカニア号(SS Tuscania)が撃沈され、戦争が海上輸送と兵站に与える危険が改めて可視化されました。2月6日にはイギリスで1918年人民代表法(Representation of the People Act 1918)が裁可され、21歳以上の男性と、一定条件を満たす30歳以上の女性に選挙権が拡大しました。2月16日にはリトアニア評議会(Council of Lithuania)が独立法を公布し、2月24日にはエストニアの独立宣言が公表されて、東欧とバルト海地域では国家再編が一段と進みました。2月10日にブレスト=リトフスク講和交渉が決裂したのち、東部戦線では中央同盟国の再攻勢へと局面が移りました。文化面では、ウィーン分離派を代表する画家グスタフ・クリムト(Gustav Klimt, 1862–1918)が2月6日に死去し、世紀転換期ヨーロッパ美術の一時代が区切られました。

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1918年2月の録音に関する情報のまとめ

1918年2月の録音関連資料を見ると、新譜の月次投入と家庭向け販売促進が並行して進み、各社は機械とレコードを一体で売る戦略を強めていました。2月1日から月後半にかけて、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Co.)、コロンビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)の商品広告や新譜案内が確認でき、さらにパテフォン(Pathéphone)、ヴォカリオン(Vocalion)、ソノラ・フォノグラフ(Sonora Phonograph)も販売網を通じて家庭向け訴求を行っていました。当月の一次資料で読み取れるのは、録音そのものの実施記録よりも、店頭試聴、分割払い、機械と専用レコードの組み合わせ販売、ダンス曲や演奏家別レコードを前面に出した販促の活発さです。

ヴィクター

1918年2月1日付の広告では、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Co.)の2月新譜が当日から店頭で聴けると告知されていました。2月5日付紙面では、番号と価格を伴う「2月の新しいヴィクター・レコード(New Victor Records for February)」が具体的に掲げられ、さらに2月22日付広告では販売店が複数の新譜題名を挙げて案内しており、同社が2月新譜を月初から月後半まで小売店経由で継続的に展開していたことが確認できます。

コロンビア

1918年2月14日付広告では、ボールドウィン・ピアノ社(Baldwin Piano Co.)がコロンビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)のコロンビア・グラフォノラ(Columbia Grafonola)一式を、10枚の両面盤付きで販売していました。2月15日付広告では、コロンビア・グラフォノラで演奏家別レコードを試聴できると案内されており、同社が1918年2月に機械販売とレコード販促を結びつけていたことが分かります。

エジソン

1918年2月刊の『Edison Diamond Disc Re-creations』は、補遺第76号までを収めた総合目録として出されており、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)が同月もダイヤモンド・ディスクのカタログ更新を続けていたことが確認できます。本文ではエジソン盤がニュー・エジソン(New Edison)以外の機械での再生に適さないことも強調されており、同社が1918年2月に専用機械と専用レコードの組み合わせ販売を前面に出していたことが分かります。加えて、2月の新聞広告では最新盤を伴うダイヤモンド・ディスク販促が各地で続いていました。

パテフォン

1918年2月14日付広告では、パテフォン(Pathéphone)とパテ・レコード(Pathé Records)の組み合わせが前面に出され、ダンス曲を多く含むレパートリーが強調されていました。2月22日付広告では、機械購入時にサファイア針とスチール針の双方を付属させると案内されており、1918年2月の時点でパテ側が再生方式の利便性と多様な楽曲供給を販売上の訴求点にしていたことが読み取れます。

ヴォカリオン

1918年2月2日付および2月19日付の広告では、エオリアン社(Aeolian Co.)のヴォカリオン(Vocalion)が家庭娯楽の中心として繰り返し訴求されていました。2月15日付広告でも同系統の商品訴求が確認でき、当月の販促は特定新譜の押し出しよりも、家庭内で継続的に使う音楽機械としての位置づけを強める方向にあったことが分かります。

ソノラ

1918年2月16日付広告では、ソノラ・フォノグラフ(Sonora Phonograph)の音質と外観の良さが強く打ち出され、家庭向け商品としての訴求が続いていました。広告文は機械の美観だけでなく実用上の価値にも触れており、1918年2月のソノラ系販売が、音の良さと家具的価値を合わせて売る方向にあったことが確認できます。