1923年12月に録音された音楽

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1923年12月に録音された音楽

1923年12月は、政治の再編、通貨安定化、放送文化の拡大、医学研究の評価が同時に進んだ月でした。12月6日のイギリス総選挙では、スタンリー・ボールドウィン(Stanley Baldwin, 1867–1947)率いる英国保守党(Conservative Party)が第1党を維持しながら単独過半数を失い、翌年のラムゼイ・マクドナルド(Ramsay MacDonald, 1866–1937)政権成立へつながる議会構成が生まれました。12月10日には、ロバート・アンドルーズ・ミリカン(Robert Andrews Millikan, 1868–1953)がノーベル物理学賞を、フレデリック・グラント・バンティング(Frederick Grant Banting, 1891–1941)とジョン・ジェームズ・リカード・マクラウド(John James Rickard Macleod, 1876–1935)がインスリン研究でノーベル生理学・医学賞を受け、科学と医療の進展が国際的に可視化されました。ドイツでは12月22日にヒャルマル・シャハト(Hjalmar Schacht, 1877–1970)がライヒスバンク(Reichsbank)総裁に就き、超インフレーション後の通貨体制立て直しが進みました。南アフリカ連邦(Union of South Africa)では12月18日にヨハネスブルグで最初の実験ラジオ放送が行われ、放送史上の節目となりました。アメリカ合衆国ではティーポット・ドーム事件(Teapot Dome scandal)の上院調査が12月も続き、石油利権と政治腐敗の問題が社会に広く浸透しました。エジプトではハワード・カーター(Howard Carter, 1874–1939)らによるツタンカーメン王墓作業が12月初旬も継続し、考古学への関心が国際的に高まり続けました。

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1923年12月の録音に関する情報のまとめ

1923年12月の同時代業界資料で直接確認できる範囲では、年末商戦に合わせて、コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)は放送を使ったレコード宣伝を進め、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)は新しい蓄音機カタログの流通準備を進めていました。さらに、エオリアン社(The Aeolian Company)のヴォカリオン(Vocalion)は欧州音源の導入を打ち出し、スター・ピアノ社(Starr Piano Co.)のジェネット(Gennett Records)は歳末向けの宣伝を展開していました。販売会社側でも、複数ブランドの蓄音機とレコードを横断して試聴室や無料演奏会を整える動きが見られ、1923年12月は録音産業の販売、宣伝、実演が強く前面に出た月だったことがうかがえます。

コロムビア

『ザ・トーキング・マシン・ワールド(The Talking Machine World)』1923年12月15日号には、「Columbia Co. Advertising Records by Radio」という記事が載り、ジョージ・W・ホプキンス(George W. Hopkins, 生没年不明)の通達として、コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)所属の芸術家または楽団をWEAF放送局(Station WEAF)を通じて訴求する方針が示されていました。1923年12月の同社は、レコード販売と放送露出を結びつけた宣伝策を明確に進めていたことが確認できます。

エジソン

同じ『ザ・トーキング・マシン・ワールド(The Talking Machine World)』1923年12月15日号には、「New Edison Phonograph Catalog」に関する記事があり、新しいエジソン蓄音機カタログが大都市の地区販売代表を通じて各地へ配布される準備が進んでいたことが示されています。1923年12月のトーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)は、年末需要期に向けて印刷物と販売網の整備を進めていたといえます。

ヴォカリオン

『ザ・トーキング・マシン・ワールド(The Talking Machine World)』1923年12月15日号には、「First Vocalion European Records Announced」という記事が載り、O・W・レイ(O. W. Ray, 生没年不明)がヨーロッパで整えた手配により、エオリアン社(The Aeolian Company)のヴォカリオン(Vocalion)が欧州音源をアメリカ市場に導入する方針を打ち出していました。1923年12月の同社が、国内録音だけでなく海外音源の導入によってカタログ拡充を図っていたことが確認できます。

ジェネット

『ザ・トーキング・マシン・ワールド(The Talking Machine World)』1923年12月15日号には、「Gennett Christmas Records」という記事が載り、スター・ピアノ社(Starr Piano Co.)のジェネット(Gennett Records)が、歳末商戦に合わせて全国規模の事前宣伝を進めていたことが示されています。1923年12月の同社は、通常の新譜告知とは別に、クリスマス向けの商品訴求として録音商品を押し出していたことが確認できます。

デインズ=ビービー

1923年12月1日付の『ミュージック・トレード・レビュー(Music Trade Review)』では、デインズ=ビービー音楽会社(Daynes-Beebe Music Co.)が新ホールで月1回の無料蓄音機演奏会を開く方針を伝えていました。記事は、チッカリング・アンド・サンズ(Chickering & Sons)のピアノに加え、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Co.)、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)、ブランズウィック=バルク=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Co.)の蓄音機を用いるとしており、販売現場で複数社製品を横断した実演販売が行われていたことを示しています。

スチュワート

1923年12月1日付の『ミュージック・トレード・レビュー(Music Trade Review)』には、オハイオ州ウォーレンのスチュワートズ・ミュージック・ハウス(Stewart’s Music House)の新店舗記事があり、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Co.)とトーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)の蓄音機とレコードを扱い、十のレコード試聴室を備えていたことが報じられています。さらに、ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)の受信機について工場代表による特別実演が行われたことも伝えられており、1923年12月の販売店が蓄音機、レコード、ラジオを同一空間で結びつけていたことが確認できます。