1924年6月に録音された音楽

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1924年6月に録音された音楽

1924年6月は、政治・文化・スポーツの各面で後年に大きな影響を残す出来事が重なった月でした。アメリカ合衆国では6月2日にインディアン市民権法が成立し、先住民に合衆国市民権が付与されました。6月3日にはフランツ・カフカ(Franz Kafka, 1883–1924)が死去し、6月8日にはジョージ・マロリー(George Mallory, 1886–1924)がエヴェレストで消息を絶ちました。スポーツでは、パリで開かれていたオリンピック競技大会のサッカー競技で、6月9日にウルグアイ代表が優勝しました。イタリアでは6月10日にジャコモ・マッテオッティ(Giacomo Matteotti, 1885–1924)が誘拐され、政局は急速に緊張しました。フランスでは6月13日にガストン・ドゥメルグ(Gaston Doumergue, 1863–1937)が大統領に選出され、戦後秩序の再編と民主政治の不安定さが同時に可視化した月となりました。

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1924年6月の録音に関する情報のまとめ

1924年6月の同時代業界資料からは、録音業界が都市向けの流行商品と地方色の強い新商品を並行して育てていたことが読み取れます。ダンス楽団や人気歌手を押し出す広告展開が続く一方で、南部由来のフィドル、ギター、素朴な歌唱を売り込む動きも各社で強まりました。さらにヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Co.)では、西海岸での録音・プレス体制の整備が進み、製造拠点の拡張も具体化していました。1924年6月は、販売対象の細分化と地域市場への対応が同時進行していた月として位置づけられます。

トーマス・A・エジソン社

トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)では、1924年6月20日にアーカンサス・トリオの “Boll Weevil Blues” が録音されていました。1924年6月の段階で同社が地方色の強い素材を実際に録音していたことを示す事例であり、都市部の標準的な商品群とは異なる領域にも引き続き取り組んでいたことが確認できます。

コロムビア

コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)では、1924年6月の業界誌広告面でテッド・ルイス関連商品を前面に出しつつ、同月にはギド・タナーとライリー・パケットの “Buckin’ Mule” と “Hen Cackle” も市場に出ていました。1924年6月のコロムビアは、都市向け娯楽商品と地方由来の弦楽・歌唱商品を同時に扱い、市場の幅を広げていたことがわかります。

オーケー

ジェネラル・フォノグラフ社(General Phonograph Corp.)のオーケー・レコード(Okeh Records)は、1924年6月15日付の広告で “Hill Country Music” の需要が南部以外にも広がっていると強調していました。この時点で同社は、地方芸能を地域限定の商品ではなく、広域市場で販売できるレコードとして明確に位置づけていたことがわかります。

ヴォカリオン

エオリアン社(The Aeolian Company)のヴォカリオン(Vocalion)では、1924年6月15日号の業界誌に “Young Blind Musician Records for Vocalion” と題する記事が載り、アンブローズ・スチュアートの録音が紹介されていました。1924年6月のヴォカリオンは、地方色の強い歌手を単発の珍しい商品としてではなく、新しい販売分野として押し出していたことが読み取れます。

ヴィクター

ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Co.)では、1924年6月の時点で販売と製造の両面に動きが見られました。Victor 19325 はカムデンとオークランドの両工場でプレスされており、さらに同年7月号の業界誌記事によれば、6月にはロサンゼルスで特設録音装置を用いた現地録音も行われていました。1924年6月のヴィクターは、西海岸市場への供給と現地対応を強めていた段階にありました。