1893年10月に録音された音楽
1893年10月の世界は、経済不安と「博覧会の時代」の熱気が同居した月でした。アメリカ合衆国では、1893年恐慌(Panic of 1893)のさなか、銀購入を定めた1890年法の一部撤廃をめぐる政治過程が山場を迎え、1893年10月30日にアメリカ合衆国上院(United States Senate)が撤廃法案を可決しました。同じシカゴでは、世界的イベントだったシカゴ万国博覧会「ワールドズ・コロンビアン・エクスポジション」(World’s Columbian Exposition, 1893年5月1日–10月30日)が閉幕直前の1893年10月28日にシカゴ市長カーター・ハリソン3世(Carter Harrison III, 1825–1893)が暗殺され、祝祭の終盤に重い影を落としました。
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1893年10月の録音に関する情報のまとめ
1893年10月は、シカゴ万国博覧会「ワールドズ・コロンビアン・エクスポジション」(World’s Columbian Exposition)が閉幕した月であり、会場内外でフォノグラフ系機器が「見世物」「展示」「記録」の三つの顔を同時に見せた時期でもありました。学術的な記録録音として残った例と、同時代の商業録音の背景をあわせて見ると、1890年代前半の録音文化の輪郭が掴めます。
ベンジャミン・アイヴズ・ギルマン
シカゴ万国博覧会「ワールドズ・コロンビアン・エクスポジション」(World’s Columbian Exposition)の会場では、ベンジャミン・アイヴズ・ギルマン(Benjamin Ives Gilman, 1852–1933)が円筒記録によって各地の演奏を録音し、まとまったコレクションとして後世に伝わる資料群を残しました。これは「博覧会で出会った音楽」をその場で固定する試みであり、のちの民族音楽学的なフィールド録音へ連なる早い段階の実例として位置づけられます。
- https://www.loc.gov/static/programs/national-recording-preservation-board/documents/Benjamin-Ives-Gilman-Collection_Feaster.pdf
- https://en.wikipedia.org/wiki/Benjamin_Ives_Gilman
シカゴ万国博覧会とフォノグラフ展示
シカゴ万国博覧会「ワールドズ・コロンビアン・エクスポジション」(World’s Columbian Exposition)は1893年10月30日に会期を終え、電気・機械・娯楽が一体化した大規模展示の場として記憶されました。博覧会をめぐる同時代資料・研究では、フォノグラフが「近代技術の象徴」の一つとして言及され、会場の体験消費と結びついていたことが確認できます。10月は閉幕の月であり、博覧会空間における録音再生技術の見せ方が、次の商業娯楽(アーケードや展示興行)へ接続していく節目になりました。
- https://www.encyclopedia.chicagohistory.org/pages/1386.html
- https://en.wikipedia.org/wiki/World%27s_Columbian_Exposition
録音インキュナブラ期の商業シリンダー
1890年代前半の商業用円筒は、後年の大量複製型メディアとは異なり、録音・販売・興行が近接した環境で流通した「初期(incunabula)の録音」として整理されています。1893年10月の特定日付に直結するカタログ的確証は資料上ここでは示せないものの、同時期(1891–1898)にどのようなレパートリーが求められ、どのような場(アーケード等)で聴取されたかを把握するうえで、この整理は月ページの背景説明として有効です。
カーター・ハリソン3世暗殺と「閉幕直前」の音環境
シカゴでは1893年10月28日、シカゴ市長カーター・ハリソン3世(Carter Harrison III, 1825–1893)が暗殺され、博覧会閉幕直前の都市空間の空気を一変させました。録音そのものの出来事ではありませんが、博覧会という「音の娯楽」と巨大集客の場が最終盤で喪失のニュースに覆われた点は、同時代の音文化(会場での実演、録音再生の見世物、土産音楽)を考える際の重要な周辺事情になります。
- https://en.wikipedia.org/wiki/Assassination_of_Carter_Harrison_III
- https://en.wikipedia.org/wiki/Carter_Harrison_III
