1893年5月に録音された音楽

この記事は約3分で読めます。
スポンサーリンク

1893年5月に録音された音楽

1893年5月は、アメリカ合衆国で大規模な博覧会が開幕し、都市の電化や新技術の「見せ方」が一段と社会化した月でした。シカゴ(Chicago)ではコロンブス万国博覧会(World’s Columbian Exposition)が1893年5月1日に一般公開され、数か月にわたる国際的な人流と情報流通の節点になります。一方で金融面では、ナショナル・コーデッジ・カンパニー(National Cordage Company)の破綻を引き金に株式市場が急落し、1893年恐慌(Panic of 1893)が深刻化していきます。さらに、モーハンダース・カラムチャンド・ガンディー(Mohandas Karamchand Gandhi, 1869–1948)が1893年5月24日に南アフリカへ到着し、のちの政治活動へつながる海外経験の出発点となりました。

この月の確認されている録音:0曲

1893年5月の録音に関する情報のまとめ

1893年5月は、録音や再生装置そのものが「研究室の技術」から「大衆の見世物・体験」へと接続される局面が、博覧会や公開実演のかたちで確認できる月です。とくに博覧会の展示や覗き見型の映像装置の公開は、音と映像を含む新メディアが都市の娯楽・消費空間に入り込む前段として位置づけられます。

シカゴ万博とフォノグラフ展示

コロンブス万国博覧会(World’s Columbian Exposition)は1893年5月1日–10月30日にシカゴ(Chicago)で開催され、電気の応用を含む新技術の展示が大きな特徴でした。同博覧会では、エジソンのフォノグラフ(Edison’s Phonograph)が展示対象として言及されており、録音・再生機器が博覧会空間で「見られ、体験される技術」として扱われていたことが確認できます。

ブルックリンでのキネトスコープ公開と視聴体験の拡張

1893年5月9日、ブルックリン芸術科学研究所(Brooklyn Institute of Arts and Sciences)で、ウィリアム・ケネディ・ローリー・ディクソン(William Kennedy Laurie Dickson, 1860–1935)が撮影した短編が、キネトスコープ(Kinetoscope)によって公開視聴の対象となったことが記録されています。これは「一人ずつ覗いて見る」形式で新メディアを体験させる実演であり、のちに音の再生装置と並ぶかたちで、娯楽としての機械視聴が広がっていく前段の事例になります。