1898年12月に録音された音楽

この記事は約4分で読めます。
スポンサーリンク

1898年12月に録音された音楽

1898年12月は、帝国秩序の組み替えと新技術の実用化が同時進行した月でした。10日、パリ条約(Treaty of Peace between the United States of America and the Kingdom of Spain)が調印され、米西戦争(Spanish–American War, 1898)の講和が成立し、スペイン王国(Kingdom of Spain)はアメリカ合衆国(United States of America)へプエルトリコ(Puerto Rico)やグアム(Guam)などを割譲しました。21日にはウィリアム・マッキンリー(William McKinley, 1843–1901)がフィリピン諸島(Philippine Islands)統治方針(いわゆる「benevolent assimilation」)を示しました。7日にはフランス共和国(French Republic)のフェリックス・フォール(Félix Faure, 1841–1899)の立会いでサル・ファヴァール(Salle Favart)が開場し、同月末にはマリー・キュリー(Marie Curie, 1867–1934)とピエール・キュリー(Pierre Curie, 1859–1906)らがラジウム(radium)に関する報告を行いました。海上通信ではグリエルモ・マルコーニ(Guglielmo Marconi, 1874–1937)による灯台–灯台船間の無線通信が実地に進められました。

この月の確認されている録音:0曲

1898年12月の録音に関する情報のまとめ

1898年12月の録音史は、個々の「録音日が特定できる作品」よりも、円盤レコード事業の制度化・企業化が進んだ点で把握しやすい月です。一方で、主要データベースの「日付別」記述には空白日もあり、現存資料に基づく把握には限界があることも同時に確認できます。

ドイツ・グラモフォンの創設(1898年12月6日)

1898年12月6日、エミール・ベルリナー(Emil Berliner, 1851–1929)とジョゼフ・ベルリナー(Joseph Berliner, 1858–1938)により、ハノーファー(Hanover)でドイツ・グラモフォン(Deutsche Grammophon)が創設されたとされています。円盤レコード事業の継続的レーベル運営(製造・販売・録音の体制化)という観点で、後年の録音産業の枠組みを先取りする出来事として位置づけられます。

H3:日付別ディスコグラフィの空白(1898年12月の例)

カリフォルニア大学サンタバーバラ校図書館(University of California, Santa Barbara Library)のアメリカン・ディスコグラフィー・プロジェクト(American Discography Project)には、日付別に「当日の録音(マスター)」を閲覧できるページがありますが、1898年12月15日については「当日のマスターがディスコグラフィ上で確認できない」と明示されています。これは「録音が無かった」ではなく、「当日付で裏づけられたマスター記録が現時点のディスコグラフィに無い」ことを意味します。

1898年12月の録音・蓄音機技術をめぐる同時代言説

同時代の技術雑誌では、録音溝の方式など「音の記録」そのものをめぐる技術的議論が続いていました。1898年12月号の『The Phonoscope』には、蓄音機・録音方式に関する記事が収録されており、12月時点でも改良・競争の途上にあった状況がうかがえます。