1898年2月に録音された音楽

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1898年2月に録音された音楽

1898年2月、キューバ(Cuba)情勢が緊迫する中で、ハバナ(Havana)港に停泊していたアメリカ合衆国海軍戦艦メイン(USS Maine)が爆発・沈没し、スペイン=アメリカ戦争(Spanish–American War)へ向かう世論が強まりました。フランスではドレフュス事件(Dreyfus affair)をめぐり、エミール・ゾラ(Émile Zola, 1840–1902)が名誉毀損で有罪となり、政治と世論の対立が深まりました。日本はワシントン(Washington, D.C.)で日亜修好通商航海条約(Treaty of Friendship, Commerce and Navigation between Japan and the Argentine Republic)を、バンコク(Bangkok)で日本暹羅修好通商航海条約(Treaty of Friendship, Commerce and Navigation between Japan and Siam)を締結し、通商・航海関係の枠組みを整えました。アメリカ合衆国ではサウスカロライナ州(South Carolina)で黒人郵便局長一家が暴徒に襲撃される事件が起き、差別と暴力の現実が突きつけられました。技術面ではサイエンティフィック・アメリカン(Scientific American)が1898年2月の紙面で特許発明の動向を紹介し、機械改良の競争が続いていたことがうかがえます。

この月の確認されている録音:0曲

1898年2月の録音に関する情報のまとめ

1898年2月は、業界誌の当月号記事と新聞広告から、トーキングマシン市場の売り場整備やコインスロット式機器の話題、そしてブランド名の露出が同時に確認できる月です。録音物そのものの網羅的な新譜一覧を同月だけで確定できる資料は限られますが、流通と宣伝の側面から当時の録音産業の動きを追う手がかりがあります。

ゾノフォン

カリフォルニア大学サンタバーバラ校(University of California, Santa Barbara)のアメリカン・ディスコグラフィー・プロジェクト(American Discography Project)では、1898年2月24日付のニューヨーク・イブニング・ポスト(New York Evening Post)広告に「アメリカン・ゾノフォン(American Zonophone)」の名称が現れることが示されています。1898年2月の時点で名称が広告に用いられている点は、当時のブランド展開を確認する一次的な手がかりになります。

ナショナル・フォノグラフ

ザ・フォノスコープ(The Phonoscope)1898年2月号には、ナショナル・フォノグラフ・カンパニー(National Phonograph Company)がニューヨーク(New York)で販売拠点(ショールーム)を整備する旨など、販売網に関する業界ニュースが掲載されています。録音物の供給以前に、どこで・どのように機器とレコードを売ろうとしていたかを、同月の業界紙面から確認できます。

コインスロット

ザ・フォノスコープ(The Phonoscope)1898年2月号では、コインスロット式の筐体や運用に関する話題が扱われており、娯楽・商業空間でのトーキングマシン利用が重要な市場として意識されていたことが読み取れます。家庭内の鑑賞だけでなく、設置型(営業型)の需要が並走していた点を示す材料になります。