1907年8月に録音された音楽
1907年8月は、国際政治と近代インフラ、そして新技術の「制度化」が同時に進んだ月でした。8月31日、グレートブリテン及びアイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Ireland)とロシア帝国(Russian Empire)が英露協商(Anglo-Russian Convention of 1907)に署名し、ペルシア(Persia)・アフガニスタン(Afghanistan)・チベット(Tibet)をめぐる勢力圏の取り決めが国際文書として固定化されました。8月29日にはカナダのケベック橋(Quebec Bridge)建設中の崩落事故が発生し、多数の労働者が犠牲となり、巨大土木を支える設計・監督体制の限界が露呈しました。米国では8月28日、アメリカン・メッセンジャー・カンパニー(American Messenger Company、後のユナイテッド・パーセル・サービス(United Parcel Service))が創業し、都市物流が企業サービスとして拡張していきます。8月下旬にはオランダのアムステルダム(Amsterdam)で国際アナーキスト会議(International Anarchist Congress)が開かれ、越境的な政治運動の組織化が進みました。さらに8月24日にはフランスでブレゲ=リシェ・ジャイロプレーン(Bréguet-Richet Gyroplane No. 1)が有人で地面を離れる試験飛行が報告され、垂直飛行の可能性が実験段階から具体的な実演へと近づきました。
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1907年8月の録音に関する情報のまとめ
1907年8月の『エジソン・フォノグラフ・マンスリー(Edison Phonograph Monthly)』では、ナショナル・フォノグラフ・カンパニー(National Phonograph Company)が、秋口(1907年10月)に向けたエジソン・ゴールド・モールド・レコード(Edison Gold Moulded Records)の予告や、外国語(とくにドイツ語)レコードの展開、さらに探検隊や宗教儀礼など「録音再生装置の用途」が生活圏を越えて広がっていく様子を紹介しています。録音(コンテンツ)と装置(再生機)の両輪で需要を押し上げる時期であり、月刊媒体を通じて新譜供給・販売現場・利用シーンが一体で語られている点が特徴です。
1907年10月発売分のエジソン・ゴールド・モールド・レコード予告
『エジソン・フォノグラフ・マンスリー(Edison Phonograph Monthly)』1907年8月号の目次には「1907年10月発売分のエジソン・ゴールド・モールド・レコード(Edison Gold Moulded Records)の予告リスト」が掲げられ、秋の販売に向けた新譜供給が計画的に告知されています。本文では、たとえば「Dixie Minstrels」と題するミンストレル風のスケッチ作品が取り上げられ、複数の歌手・演者が関与する“まとめ物”が売れ筋として扱われていることが読み取れます。
- https://archive.org/stream/edisonphonograph05moor/edisonphonograph05moor_djvu.txt
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Audio/Edison-Phonograph/Edison-Phonograph-Monthly-1907-Vol-5.pdf
ドイツ語レコード90点の配布と「家庭向け」市場の強化
1907年8月号には、ドイツ語レコード90点の新リストが配布されたこと、四重唱などの内容が高く評価され販売増が見込まれることが、取引先からの書簡として掲載されています。外国語レコードを「移民・言語コミュニティの家庭」に浸透させる意図が明確で、外国語カタログを単なる付随商品ではなく成長市場として扱っている点が確認できます。
- https://archive.org/stream/edisonphonograph05moor/edisonphonograph05moor_djvu.txt
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Audio/Edison-Phonograph/Edison-Phonograph-Monthly-1907-Vol-5.pdf
北極圏探検でのエジソン・フォノグラフ利用
1907年8月号は、探検家ウォルター・ウェルマン(Walter Wellman, 生没年不明)の遠征隊が、エジソン・ホーム・フォノグラフ(Edison Home Phonograph)とレコード、さらにブランク(録音用の空メディア)を携行し、北極圏の拠点で「食後のフォノグラフ・コンサート」が行われたことを報じています。録音再生が“家庭の娯楽”にとどまらず、極地の遠征生活で精神的な支えとしても用いられていた事例です。
- https://archive.org/stream/edisonphonograph05moor/edisonphonograph05moor_djvu.txt
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Audio/Edison-Phonograph/Edison-Phonograph-Monthly-1907-Vol-5.pdf
宗教儀礼での応答再生など、用途の拡張(「遍在するフォノグラフ」)
1907年8月号には、ロシア(Russia)での婚礼(詳細は記事上で未確認)や、フランス(France)でミサの応答をあらかじめ吹き込んだ録音で代用するという、宗教儀礼への応用例が紹介されています。ここでは“新録音の発売”そのものではなく、録音(応答句の記録)と再生(儀礼中の反復)が、従来の人的役割を補完する技術として理解されていたことが重要です。
- https://archive.org/stream/edisonphonograph05moor/edisonphonograph05moor_djvu.txt
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Audio/Edison-Phonograph/Edison-Phonograph-Monthly-1907-Vol-5.pdf
