1921年6月に録音された音楽
1921年6月は、暴力と制度再編が同時に進んだ月でした。アメリカ合衆国では6月1日にかけてタルサ人種虐殺(Tulsa Race Massacre)が発生し、オクラホマ州タルサのグリーンウッド地区は壊滅的被害を受けました。6月13日には国際労働機関(International Labour Organization)の労働時間(工業)条約(Hours of Work (Industry) Convention, 1919)が発効し、工業労働の国際基準が現実の制度として動き始めました。6月15日にはベッシー・コールマン(Bessie Coleman, 1892–1926)が国際航空連盟(Fédération Aéronautique Internationale)から操縦士免許を受け、航空史と黒人史の双方で画期となりました。6月22日にはジョージ5世(George V, 1865–1936)が北アイルランド議会(Parliament of Northern Ireland)を開会し、6月28日にはセルビア人・クロアチア人・スロベニア人王国(Kingdom of Serbs, Croats and Slovenes)でヴィドヴダン憲法が公布され、戦後ヨーロッパの政治秩序も新たな段階に入りました。
この月の確認されている録音:0曲
1921年6月の録音に関する情報のまとめ
1921年6月の同時代業界誌では、録音関連企業の動きとして、新譜そのものよりも、販売組織の再編、卸売・小売網の拡張、実演販売、店頭宣伝、販促印刷物の整備が目立ちます。不況感の残る市場のなかでも、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Co.)、コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)、ブランズウィック=バルク=コーレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Co.)、パテ・フレール・フォノグラフ社(Pathé Frères Phonograph Co.)、エオリアン社(The Aeolian Company)のヴォカリオン(Vocalion)、ソノラ・フォノグラフ社(Sonora Phonograph Co.)、アートフォン社(Artophone Corp.)などについて、1921年6月付の記事で具体的な企業活動を確認できます。
エジソン
トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)では、1921年6月15日付広告で、蓄音機への物品税が引き上げられた場合には価格改定が必要になると明示しました。同じ6月号では、エジソン・ディーラーを集めたニューヨークのキャラバン大会が6月9日–10日に開かれ、東部地区から千人超が参加したと報じられています。さらにシンシナティのニュー・エジソン社では、秋開始予定の8週間トーン・テスト巡回を準備し、あわせてリ・クリエーション販売を扱う新部門も設けていました。
- https://archive.org/stream/talkingmachinew17bill/talkingmachinew17bill_djvu.txt
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/20s/Talking-Machine-1921-06.pdf
ヴィクター
ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Co.)系では、テキサス州ダラスで南西部の販売店組織が結成されました。記事では、1921年6月4日付で、南西部のヴィクター販売店25店が初会合を開き、Southwestern Association を設立したこと、今後200会員規模まで拡大したい意向が示されたことが確認できます。1921年6月の段階で、同社の動きは新譜告知よりも、地域販売網の組織化に重心が置かれていました。
- https://archive.org/stream/talkingmachinew17bill/talkingmachinew17bill_djvu.txt
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/20s/Talking-Machine-1921-06.pdf
コロムビア
コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)では、店頭待機型よりも外回り販売を重視する動きが確認できます。1921年6月8日付記事では、ニューヘイヴン支店からグラフォノーラを積んだトラックがコネティカット州ミドルタウンの専売店へ送られ、その販売店が truck sales plan をかなりの成功のうちに進めていると報じられました。同じ紙面では、コネティカット州ウォーターベリーで新しいコロムビア店が開かれたことも伝えられており、同社の6月は移動販売と店頭拠点整備が並行していました。
- https://archive.org/stream/talkingmachinew17bill/talkingmachinew17bill_djvu.txt
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/20s/Talking-Machine-1921-06.pdf
ブランズウィック
ブランズウィック=バルク=コーレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Co.)は、1921年6月に入って夏季向けの広告と販促物を強めていました。6月号では、全国誌への広告出稿を拡大し、地方販売店向けには毎月の新譜告知を簡便に郵送できる絵葉書型フォルダーを用意したことが紹介されています。さらに同週にはカール・フェントン楽団による「Cherie」と「Just Keep a Thought for Me」の特別発売が案内され、初回出荷分には店頭掲示用のストリーマーも添えられていました。
- https://archive.org/stream/talkingmachinew17bill/talkingmachinew17bill_djvu.txt
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/20s/Talking-Machine-1921-06.pdf
パテ
パテ・フレール・フォノグラフ社(Pathé Frères Phonograph Co.)では、1921年6月の販売店向け機関紙『Pathe News』を通じた販促支援が確認できます。記事によれば、同号では6月の花嫁を有望な蓄音機購入層として取り上げ、子どもを通じた家庭向け訴求や、店頭ウィンドーをより実売に結びつける方法を強調していました。さらに外語盤販売を扱う新欄「Foreign Record Topics」が加わり、外国語盤の販売促進も同月の重点事項になっていました。
- https://archive.org/stream/talkingmachinew17bill/talkingmachinew17bill_djvu.txt
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/20s/Talking-Machine-1921-06.pdf
ヴォカリオン
エオリアン社(The Aeolian Company)のヴォカリオン(Vocalion)では、フィラデルフィアで行進曲レコードの販促が成功していました。1921年6月6日付記事では、フィラデルフィア警察楽団が録音した「Iron Division」と「Buckeye State」のヴォカリオン赤盤に対して、地元販売店で強い需要が出ていると報じられています。さらに地元卸のフィラデルフィア・ショー・ケース社がメモリアル・デーの演奏会でマグナヴォックスを使った拡声音響実演を行い、レコード再生を生演奏と組み合わせる宣伝が大きな効果を上げていました。
- https://archive.org/stream/talkingmachinew17bill/talkingmachinew17bill_djvu.txt
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/20s/Talking-Machine-1921-06.pdf
ソノラ
ソノラ・フォノグラフ社(Sonora Phonograph Co.)では、ニューヨークの有力販売網に食い込む動きが見られました。1921年6月15日付記事では、ランドー・ブラザーズ社(Landay Bros., Inc.)が、従来のヴィクター取扱いに加えてソノラも販売すると発表しています。記事中で同社首脳は、多店舗展開の現場感覚から追加を決めたと述べており、1921年6月のソノラは、専売制にこだわるよりも実力ある大手販売網へ浸透する局面にあったことがうかがえます。
- https://archive.org/stream/talkingmachinew17bill/talkingmachinew17bill_djvu.txt
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/20s/Talking-Machine-1921-06.pdf
アートフォン
アートフォン社(Artophone Corp.)では、セントルイスでの拠点再編が1921年6月1日に動きました。記事によれば、シャッティンガー・ピアノ・アンド・ミュージック社(Shattinger Piano & Music Co.)が下層階へ移転入居し、アートフォン社は上層階側で卸売中心の運営に軸足を移しました。そのなかでレコード部門は改善傾向にあり、オーケー・レコード(Okeh Records)の新契約アーティストによる需要増が売上を押し上げたとされています。1921年6月の同社は、店舗構成の切替とレコード商材強化が同時進行していました。
- https://archive.org/stream/talkingmachinew17bill/talkingmachinew17bill_djvu.txt
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/20s/Talking-Machine-1921-06.pdf
