1894年に録音された音楽

この記事は約6分で読めます。
スポンサーリンク

1894年に録音された音楽

1894年は、国際政治の緊張と産業社会の摩擦が同時に進み、「情報」と「娯楽」が都市生活の中で商品として循環しやすくなった年です。新聞・電信・交通網が出来事の伝播速度を上げ、各地の不安や熱狂が同時代の体験として共有されやすくなりました。この環境は、音を複製して売買・鑑賞する文化(録音物の消費)とも相性がよく、1890年代後半の録音産業の拡大を下支えする前提として重要です。

東アジアでは日清戦争(First Sino-Japanese War, 1894–95)が始まり、朝鮮をめぐる国際関係が大きく動きました。ヨーロッパでも政治的断層が可視化され、フランスではサディ・カルノ(Sadi Carnot, 1837–1894)が1894年6月24日に暗殺されます。さらに同年、アルフレッド・ドレフュス(Alfred Dreyfus, 1859–1935)は1894年10月15日に逮捕され、12月22日に有罪判決を受け、のちに社会全体を分断するドレフュス事件の起点となりました。ロシアではアレクサンドル3世(Alexander III, 1845–1894)が1894年11月1日に死去し、ニコライ2世(Nicholas II, 1868–1918)が帝位を継ぎます。

社会史の側では、労働問題が国家規模で噴出しました。アメリカのプルマン・ストライキ(Pullman Strike, 1894年5月11日–7月20日)は鉄道網を通じて広域の輸送と経済を揺さぶり、労使紛争に対する国家の介入という論点を突きつけます。同年6月28日には、レイバー・デー(Labor Day)が連邦の法定祝日として定められ、労働と余暇が制度として固定されていきました。こうした余暇の制度化は、外出先で料金を支払って体験する娯楽(音・映像を含む)の市場を育てる土壌にもなります。

複製メディアの商業化も前進します。映像では1894年4月14日、ニューヨークでキネトスコープ・パーラーが開業し、短い映像を料金とセットで消費する形が成立しました。音の領域でも、円筒式(シリンダー)が優勢だった1890年代に、円盤式(ディスク)という競合技術が産業として存在感を強めていきます。エミール・ベルリナー(Emile Berliner, 1851–1929)は1894年にUnited States Gramophone Companyを開始したとされ、ディスク録音物の事業化が方式の競争から市場の競争へ寄っていく端緒となりました。

公衆衛生と科学も、近代の輪郭を濃くします。香港では1894年にペストが流行し、北里柴三郎(Shibasaburo Kitasato, 1853–1931)は6月14日に、アレクサンドル・イェルサン(Alexandre Yersin, 1863–1943)は6月23日に病原体(のちのYersinia pestis)の同定に関与したと整理されます。港湾都市が文化と物流の中心である一方、感染症リスクの結節点でもあることが露わになり、都市衛生の制度化を促しました。同年、レイリー卿(Lord Rayleigh, 1842–1919)とウィリアム・ラムゼー(William Ramsay, 1852–1916)はアルゴンの発見を1894年8月の英国学会で発表し、見えない対象を測定し同定する近代科学の勢いを象徴します。

都市インフラと集客装置の整備も進みます。ロンドンではタワー・ブリッジ(Tower Bridge)が1894年6月30日に開通し、巨大都市の交通と観光の回路が更新されました。フランスではパリ–ルーアン(Paris–Rouen)の自動車競技(1894年7月22日)が行われ、新しい移動手段そのものが見世物として人を集めます。さらに国際オリンピック委員会(International Olympic Committee, IOC)が1894年6月23日に設立され、国際競技会という巨大な娯楽装置の枠組みが生まれました。こうした「人が集まる場」「遠隔へ伝える回路」「繰り返し消費される体験」の増幅が、録音物が大衆文化へ深く浸透していく前提を1894年の時点で着実に厚くしています。

『Etching the Voice: Emile Berliner and the First Commercial Gramophone Records』のディスコグラフィ

ベルリナーの初期商業録音を集成した『Etching the Voice: Emile Berliner and the First Commercial Gramophone Records』のディスコグラフィに載っているもので、録音年表記が一律「1890–95」とされています。

TitleArtist
Alfred Jones [version 2]n/a
Auld Lang Synen/a
Blue Bells of Scotlandn/a
By thy cold breast (Byron’s “Manfred”)n/a
Czarenlied, from “Czar und Zimmermann”n/a
El Credon/a
Father Williamn/a
The Flowers that Bloom, from “The Mikado”n/a
Fra Diavolon/a
Gesängen/a
God Bless the Prince of Walesn/a
God Save the Queen!n/a
Gramophonen/a
Hark! The Herald Angels Singn/a
Hobelliedn/a
Home! Sweet Home!n/a
I Due Ladri e l’Asinon/a
In the Sweet By-and-Byn/a
Jägers Abschiedn/a
La Boiteusen/a
La Marseillaisen/a
La Rondinellan/a
Le Corbeau et le Renardn/a
Le Père la Victoiren/a
Lena, la bella Lenan/a
A Little Ship Was on the Sean/a
Long, Long Agon/a
Me Gustan Todas / Aroro Mi Nenan/a
The North Windn/a
Numeri, La Settimana, Le Mesin/a
Numeros, Dias, Mesesn/a
Old King Coaln/a
Old Mother Hubbardn/a
Pilgrims’ Chorus, from “Tannhäuser”n/a
Proverbsn/a
Rule, Britannia!n/a
Sing a Song of Sixpence / Oh, Carry Me Backn/a
Sing a Song of Sixpence [3-in doll disc]n/a
Ta-ra-ra Boom-de-ay!n/a
Versos y Canton/a
We don’t want to fight [version 2]n/a
Whist! The Bogie Mann/a
Who Killed Cock Robin?n/a
Willow Tit-Willow, “from The Mikado”n/a
Wot Cher!n/a

これらは、主にロンドンやハノーファーで録音されたと考えられる最初期のグラモフォン円盤で、エジソン系シリンダーの系譜とは別系列の「ディスク側1890年代」のコアな音源群です。

ルーベン・コレクション(Ruben-samlingen)

ルーベン・コレクション(Ruben-samlingen)は、ゴットフリート・モーゼス・ルーベン(Gottfried Moses Ruben, 1837–1897)がコペンハーゲンで1889年から1890年代半ばにかけて制作した、デンマーク最初期の蝋管録音群です。1889年から1890年代半ばまでに録音された蝋管をMOPMではまとめて「ルーベン・コレクション」として整理し、録音一覧を専用ページに掲載しています。