1890年4月に録音された音楽
1890年4月は、西アフリカではフランス軍が現マリ共和国のセグーを占領してトゥクロール帝国の都を陥落させる一方、日本では奈良県で橿原神宮が4月2日に創建され、京都では近代化の切り札となる琵琶湖疏水(第一疏水)が明治23年4月9日の竣工式を迎えるなど、国家神話の再構築と都市インフラ整備が同時に進んだ月でした。
同じ月、ワシントンD.C.では第1回米州国際会議が米州共和国通商局(後の汎米連合・米州機構の前身)を発足させ、ニューヨーク湾のエリス島が合衆国初の連邦移民局の設置地として正式に指定されるなど、米州規模での通商協力と移民管理の枠組みづくりが進展した時期でもありました。
この月の確認されている録音:0曲
1890年4月の録音に関する情報のまとめ
1890年4月の録音まわりの動きは、実験室レベルの録音から、家庭向けの商業用・玩具用レコードの量産へと移行していく転換期にあたります。実際の録音日付がはっきりしない事例も多いため、ここでは一次資料や当時の報道などで「1890年4月」前後に直接言及されるもの、あるいは4月に市場投入された録音物・装置に関する技術・企業動向を、録音史の文脈からピックアップしています。ここでは、個別の音源として日付と録音タイトルを特定できる「曲」はまだ見つかっていないため、録音そのものや周辺技術・産業の動きを中心にまとめています。
エジソンのトーキング・ドール発売とワックス製シリンダー
1890年4月7日、トーマス・アルバ・エジソン(Thomas Alva Edison, 1847–1931)らのエジソン・フォノグラフ・トイ・マニュファクチュアリング社による「エジソンのトーキング・ドール(Edison’s Phonograph Doll)」が、ニューヨークのレノックス・ライシーアムで初めて一般販売されました。人形の胸部には脱着式の小型フォノグラフとワックス製シリンダーが収められ、「Mary Had a Little Lamb」「Twinkle, Twinkle, Little Star」などの童謡があらかじめ録音された、家庭用プリレコード・シリンダーの嚆矢とみなされています。


サイエンティフィック・アメリカン誌による「トーキング・ドール工場」の紹介
1890年4月26日付の『サイエンティフィック・アメリカン(Scientific American)』誌は、「Edison’s Phonographic Doll」という記事でトーキング・ドールと内部のフォノグラフ機構、製造工場の様子をイラスト付きで紹介しました。この記事は、新しい「トーキング・ドール産業」が急速に立ち上がりつつあること、すなわち玩具向けとはいえ大量の録音済みシリンダー生産が現実化したことを同時代人に印象づけた重要な資料になっています。

12種類の童謡レコードと女性録音労働者による大量制作
1890年春までに、トーキング・ドール用レコードのレパートリーは「Mary Had a Little Lamb」「Now I lay me down to Sleep」「Jack and Jill」など12種類の童謡・詩に限定され、それぞれが同じ台詞を繰り返す短いワックス・シリンダーとして商品化されました。エジソン研究所では約18名の低賃金の女性たちが個別のブースでこれらの台詞を繰り返し吹き込んでおり、1890年4月に市場に出たトーキング・ドールは、世界でも最初期の「録音労働者による量産レコード」を家庭に届けた事例と位置づけられます。

ジョージ・W・ジョンソンの最初期商業録音(1890年1〜5月の活動)
ジョージ・W・ジョンソン(George W. Johnson, 1846–1914)は、1890年1〜5月頃にニューヨークおよびニュージャージーの地域フォノグラフ会社のために、コイン式フォノグラフ向けのワックス・シリンダー録音を始めたとされています。正確な録音日は不明ですが、この「1890年の前半」に始まる録音活動(「The Whistling Coon」「The Laughing Song」など)は、4月を含む時期の都市娯楽シーンで黒人歌手による商業録音が成立していたことを示し、後の大量複製レコード時代への重要な橋渡しとみなされています。


ジャンニ・ベッティーニのマイクロ・グラフォフォンと高音質録音技術
ジャンニ・ベッティーニ(Gianni Bettini, 1860–1938)は、高音質なシリンダー録音を可能にする「マイクロ・グラフォフォン/マイクロ・フォノグラフ」装置を開発し、1890年4月26日付『サイエンティフィック・アメリカン』誌に「Lieut. Bettini’s New Micro-Graphophone」として紹介されました。ベッティーニの改良型レコーダー/リプロデューサーは、のちに「コンサート・シリンダー」と呼ばれる高級録音の制作を支える技術となり、1890年4月時点で既に、音楽・演説をより高忠実度で記録するための装置開発が進んでいたことがわかります。

