1913年8月に録音された音楽

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1913年8月に録音された音楽

1913年8月は、戦争の講和、労働争議、教育制度の転換、国際秩序の可視化、金属技術の前進が同時に進んだ月でした。8月10日にはブカレスト条約(Treaty of Bucharest)が結ばれ、第二次バルカン戦争が終結して、東南ヨーロッパの政治地図が大きく組み替えられました。日本では8月21日、東北帝国大学(Tohoku Imperial University)が女子学生の入学を公表し、帝国大学として初めて女性を受け入れました。アイルランドでは8月26日、ダブリン・ロックアウト(Dublin Lockout)が始まり、都市労働と雇用をめぐる対立が長期化していきます。8月28日にはハーグで平和宮(Peace Palace)が開かれ、国際仲裁と国際司法の象徴的拠点が具体的な建築物として姿を現しました。さらに同月13日、シェフィールドではハリー・ブリアリー(Harry Brearley, 1871–1948)が高クロム鋼の試作に成功し、後にステンレス鋼として広がる材料技術の重要な節目が生まれました。

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1913年8月の録音に関する情報のまとめ

1913年8月の録音業界は、秋季商戦を前に、新譜案内と新型機の売り出しが同時進行した月でした。トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)は『エジソン・フォノグラフ・マンスリー(Edison Phonograph Monthly)』1913年8月号でブルー・アンベロールの10月リストとアンベローラVIの販促を進め、蓄音機を公共儀礼や行楽の場へ結びつける宣伝も行っています。同月の『トーキング・マシン・ワールド(The Talking Machine World)』では、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Co.)とコロンビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)が9月発売分の新譜や新機種をすでに流通へ乗せており、各社が8月のうちから秋の需要獲得へ動いていたことが確認できます。

エジソン

トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)の1913年8月号を見ると、同社は新譜告知だけでなく、蓄音機の用途そのものを広げる宣伝を行っていました。同号は、ウッドロウ・ウィルソン(Woodrow Wilson, 1856–1924)の演説をエジソンのディスク式蓄音機で先住民諸部族に聞かせた事例を紹介し、セオドア・ルーズベルト(Theodore Roosevelt, 1858–1919)とウィリアム・ハワード・タフト(William Howard Taft, 1857–1930)に続いて、3代の合衆国大統領がエジソン機に声を記録したと訴えています。また同号では、10月発売予定のブルー・アンベロール・レコード100点を告知し、その目玉としてアレッサンドロ・ボンチ(Alessandro Bonci, 1870–1940)の新録5点を前面に出しました。さらに新型アンベローラVIについては、モーターボートやベランダでも使える小型・内蔵ホーン式機として売り込み、夏季の屋外需要まで販路に取り込もうとしていたことが確認できます。

ヴィクター

『トーキング・マシン・ワールド(The Talking Machine World)』1913年8月号では、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Co.)が機械とレコードの両面で秋へ備えていたことが確認できます。同号は、学校や音楽学校向けとしてヴィクターXXV(Victor XXV)を60ドルで、家庭向けの中価格帯機として新型ヴィクトローラX(Victrola X)を75ドルで配給準備が整ったと告知しています。さらに9月発売分のレコード・ブリテンも同号中に掲載されており、8月の段階で次月発売物の詳細がすでに業界へ配られていました。サンフランシスコの業界通信でも、この75ドル帯の改良機に対する関心が強いと報じられており、同社が中価格帯市場の拡張を重視していたことが読み取れます。

コロンビア

同じ1913年8月号では、コロンビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)の活動も明瞭です。同社は9月レコード一覧を大きく掲げ、シンフォニー・ディスク・レコード(Symphony Disc Records)を含む新譜を秋向けに流通へ載せていました。シカゴ通信では、7月の業績が前年同月を上回り、新しい75ドルのリーダー・グラフォノーラ(Leader Grafonola)が毎日のように追加注文を生み、工場がその処理に追われていると報じられています。さらに同号の販売網広告には全米各地の供給拠点が列挙されており、8月時点で同社が新譜供給と中価格帯機の拡販を全国規模で進めていたことが確認できます。

ボストン・トーキング・マシン

主要販売会社としては、ボストン・トーキング・マシン社(Boston Talking Machine Co.)の動きが同月のサンフランシスコ通信に現れます。同記事は、ピーター・バシガルーピ商会(Peter Bacigalupi & Sons)を通じて同社のリトル・ワンダー機がカリフォルニアで販路を広げていると伝えています。また同社の特別販売担当者が西部市場に一定期間滞在して販促にあたったことも記されており、1913年8月時点で同社が地域代理店経由の拡販を続けていたことが確認できます。当月資料上で確認できる範囲では、同社について新譜制作そのものよりも、完成品の流通と販売強化の動きが前面に出ています。