1923年9月に録音された音楽

この記事は約5分で読めます。
スポンサーリンク

1923年9月に録音された音楽

1923年9月は、災害、政変、国際協調の動きが重なった月でした。日本では9月1日に関東大震災が発生し、東京市と横浜市を中心に大規模な火災と建物倒壊が広がりました。ウィーンでは9月7日に国際刑事警察委員会(International Criminal Police Commission)が設立され、国境を越える警察協力の制度化が進みました。アメリカ合衆国では9月8日にホンダ・ポイントの海難事故が起こり、アメリカ海軍の駆逐艦7隻が座礁しました。スペインでは9月13日にミゲル・プリモ・デ・リベラ(Miguel Primo de Rivera, 1870–1930)がクーデターを起こし、軍事政権が成立しました。ブルガリアでは九月蜂起が起こり、政情不安がさらに深まりました。ドイツでは9月26日にグスタフ・シュトレーゼマン(Gustav Stresemann, 1878–1929)政権がルール占領への消極抵抗停止を表明し、深刻な経済危機への対応を急ぎました。スポーツ面では9月14日のジャック・デンプシー(Jack Dempsey, 1895–1983)対ルイス・アンヘル・フィルポ(Luis Ángel Firpo, 1894–1960)戦が国際的な話題となり、大衆娯楽の広がりも印象づけました。

この月の確認されている録音:0曲

1923年9月の録音に関する情報のまとめ

1923年9月の録音業界は、秋季商戦を前に、各社が販売体制の整備、地域ディーラー網の活性化、宣伝材料の投入、供給強化を進めていたことが同時代業界資料から確認できます。トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)では営業体制にかかわる人事動向が報じられ、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)では地域ディーラー向けの会合が扱われました。ブランズウィック=バルク=コレンダー社(The Brunswick-Balke-Collender Company)では西海岸向け供給と販促資料の整備が確認でき、ソノラ・フォノグラフ社(Sonora Phonograph Company, Inc.)では構造上の特長を前面に出した販促が展開されていました。さらにエオリアン社(The Aeolian Company)のヴォカリオン(Vocalion)では、ベン・セルヴィン(Ben Selvin, 1898–1980)の録音活動が販売戦略と結びついて扱われており、当月の企業活動として位置づけることができます。

エジソン

トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)については、1923年9月の業界誌に、A・H・カリー(A. H. Curry, 生没年不明)が同社の重要な職務から退いたことが報じられています。あわせてチャールズ・エジソン(Charles Edison, 1890–1969)がその功績に言及しており、同月の同社では販売や流通だけでなく、営業体制そのものの変化が業界ニュースとして受け止められていたことが分かります。

ヴィクター

ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)については、1923年9月号の業界誌に、ジャクソンヴィルでのディーラー会合が告知されています。フロリダ州および周辺地域の販売店を集めたこの動きは、同社が秋の販売期に向けて地域流通網の結束と販売方針の共有を重視していたことを示しています。

ブランズウィック

ブランズウィック=バルク=コレンダー社(The Brunswick-Balke-Collender Company)については、1923年9月号の業界誌に、ロサンゼルスのレコード・プレス工場に関する記事が見えます。これは太平洋岸地域でのブランズウィック・レコード需要に対応する動きとして扱われており、同時に学校向けサービス用リーフレットにも触れられているため、当月の同社は供給体制の強化と販促資料の整備を並行して進めていたと整理できます。

ソノラ

ソノラ・フォノグラフ社(Sonora Phonograph Company, Inc.)については、1923年9月号の業界誌に、同社機の内部構造上の特長を前面に出したディーラー向け販促が確認できます。価格訴求だけではなく、構造や品質の説明を販売現場で活用させようとしていた点に、同社の秋季商戦期の差別化方針が表れています。

ヴォカリオン

エオリアン社(The Aeolian Company)のヴォカリオン(Vocalion)については、1923年9月号の業界誌に、ベン・セルヴィン(Ben Selvin, 1898–1980)が再びヴォカリオン専属となり、毎月12面を供給すること、さらに他のヴォカリオン歌手の伴奏録音にも関与していたことが報じられています。これは同社が当月、人気楽団指揮者の継続的録音供給を販売戦略の一部として明確に打ち出していたことを示します。