1919年9月に録音された音楽

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1919年9月に録音された音楽

1919年9月は、第一次世界大戦後の国際秩序再編と各国社会の緊張が並行して進んだ月です。9月3日、アメリカ合衆国大統領ウッドロウ・ウィルソン(Woodrow Wilson, 1856–1924)は国際連盟(League of Nations)参加を訴える全国遊説を開始しました。9月9日にはアレクサンダー・グラハム・ベル(Alexander Graham Bell, 1847–1922)とフレデリック・W・“ケイシー”・ボールドウィン(Frederick W. “Casey” Baldwin, 1882–1948)が開発した水中翼艇HD-4が世界水上速度記録を樹立しました。9月10日にはサン=ジェルマン=アン=レー条約(Treaty of Saint-Germain-en-Laye)が調印され、旧オーストリア帝国の戦後処理が具体化しました。9月22日にはアメリカ合衆国で全米鉄鋼争議が始まり、労働問題が先鋭化します。さらに9月28日にはネブラスカ州オマハで大規模な人種暴動が発生し、戦後社会の不安定さが顕在化しました。

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1919年9月の録音に関する情報のまとめ

1919年9月の同時代業界誌では、レコードそのものの新規録音告知だけでなく、外国語向け補遺目録の配布、直営店や代理店の再編、売場拡張、実演設備の整備が目立ちます。『ザ・トーキング・マシン・ワールド』(The Talking Machine World)1919年9月15日号を中心に確認すると、主要各社は全国一斉の単純な新譜発表だけでなく、地域販売店と販促網を通じて市場拡大を進めていました。以下では、1919年9月の資料上で活動を直接確認できる企業と主要販売会社のみを整理します。

ヴィクター

『ザ・トーキング・マシン・ワールド』(The Talking Machine World)1919年9月15日号には、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)の「Victor Foreign Supplements」が掲載され、同社が1919年9月時点で外国語市場向け補遺目録を多言語編成で展開していたことが確認できます。本文からは、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)が英語圏以外の顧客層に対する販売促進を継続していたことが分かります。

コロムビア

『ザ・トーキング・マシン・ワールド』(The Talking Machine World)1919年9月15日号には、コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)のニューヨーク五番街409番の小売拠点について、売却後もH・E・スピアが支配人として営業を継続し、増員体制で運営する記事が載っています。1919年9月の時点で、コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)の直営小売機能が単純な縮小ではなく、運営再編の中で維持されていたことが確認できます。

エジソン

『ザ・トーキング・マシン・ワールド』(The Talking Machine World)1919年9月15日号には、フロリダ州ジャクソンヴィルのナオミ・ミュージック社(Naomi Music Co.)が新店舗へ移転し、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)のニュー・エジソン(New Edison)を前面に展示していたことが記されています。少なくとも当月、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)の製品が南部市場で新設売場を通じて積極的に販促されていたことが確認できます。

パテ

『ザ・トーキング・マシン・ワールド』(The Talking Machine World)1919年9月15日号には、ジョン・A・フュッチ社(John A. Futch Co.)がパテ・フレール・フォノグラフ社(Pathé Frères Phonograph Company)の販売網を拡大しつつある記事が載っています。1919年9月の資料上では、パテ・フレール・フォノグラフ社(Pathé Frères Phonograph Company)が地域代理店の強化を通じて南部市場で販路拡張を進めていたことが確認できます。

オーケー

『ザ・トーキング・マシン・ワールド』(The Talking Machine World)1919年9月15日号では、オットー・ハイネマン・フォノグラフ・サプライ社(Otto Heineman Phonograph Supply Co.)のオーケー・レコード(Okeh Records)について、西海岸市場で認知拡大を図る動きが確認できます。記事断片からは、オットー・ハイネマン・フォノグラフ・サプライ社(Otto Heineman Phonograph Supply Co.)が当月、単なる製品供給にとどまらず、地域市場での販促を進めていたことが読み取れます。

ソノラ

『ザ・トーキング・マシン・ワールド』(The Talking Machine World)1919年9月15日号では、ソノラ・フォノグラフ・セールス社(Sonora Phonograph Sales Co.)について、増産計画と新型機ソノラ・エリート(Sonora Elite)の出荷に関する記事が確認できます。1919年9月の資料上、ソノラ・フォノグラフ・セールス社(Sonora Phonograph Sales Co.)は供給力と製品訴求の両面から販売拡大を進めていました。

ヴォカリオン

『ザ・トーキング・マシン・ワールド』(The Talking Machine World)1919年9月15日号では、エオリアン社(The Aeolian Company)のヴォカリオン(Vocalion)について、展示会出展準備に関する記事が確認できます。1919年9月の段階で、エオリアン社(The Aeolian Company)はヴォカリオン(Vocalion)を対外的に訴求する場を整え、販促活動を進めていました。

ブランズウィック

『ザ・トーキング・マシン・ワールド』(The Talking Machine World)1919年9月15日号では、ブランズウィック=バルク=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Co.)の製品が百貨店の販促記事の中で扱われています。1919年9月の資料上、ブランズウィック=バルク=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Co.)は地域小売の売場企画と結びついた形で訴求されており、販路拡張が継続していたことが確認できます。