1889年4月に録音された音楽
1889年4月は、フランスでジョルジュ・ブーランジェ(Georges Ernest Jean-Marie Boulanger, 1837–1891)がクーデター未遂後に逮捕を避けてブリュッセルへ逃れ、イギリスではフレデリック・アーベル(Sir Frederick Augustus Abel, 1827–1902)とジェームズ・デューア(James Dewar, 1842–1923)が無煙火薬コーディトの特許を出願するなど、政治危機と軍事技術の両面で19世紀末らしい転換が見られる月でした。アメリカでは4月22日のオクラホマ・ランドラッシュで一斉入植が始まり、同じ月にチャーリー・チャップリン(Charlie Chaplin, 1889–1977)やアドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler, 1889–1945)、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン(Ludwig Wittgenstein, 1889–1951)ら20世紀を大きく左右する人物が次々と誕生するなど、後世への影響がきわめて大きい出来事が集中した時期でした。
この月の確認されている録音:31曲
13日(1曲)
| Title | Artist |
|---|---|
| Chopin: Mazurka | Hans von Bülow |
【1889年4月13日の出来事】
・フレデリック・ジョン・ケンプスター(Frederick John Kempster, 1889–1918)
フレデリック・ジョン・ケンプスター(Frederick John Kempster, 1889–1918)は、1889年4月13日にロンドンのベイズウォーターで生まれました。成人後は身長がおよそ234センチに達し、サーカスや見世物小屋で「ブラックバーンの巨人」として巡業した人物として地元記録や回想記事に残っています。
15日?(1曲)
| Title | Artist |
|---|---|
| Chopin: Nocturne | Hans von Bülow |
15日(9曲)
| Title | Artist |
|---|---|
| Beethoven: Piano Sonata No.2 in A major, Op.2 No.2 | Hans von Bülow |
| Beethoven: Piano Sonata No.6 in F major, Op.10 No.2 | Hans von Bülow |
| Beethoven: 12 Variations on the Russian Dance from Wranitzky’s ballet Das Waldmädchen, WoO 71 | Hans von Bülow |
| Beethoven: Piano Sonata No.8 in C minor, Op.13 (Grande Sonate Pathétique) | Hans von Bülow |
| Beethoven: Piano Sonata No.9 in E major, Op.14 No.1 | Hans von Bülow |
| Beethoven: Piano Sonata No.10 in G major, Op.14 No.2 | Hans von Bülow |
| Beethoven: Six Variations on an original theme in F major, Op.34 | Hans von Bülow |
| Beethoven: Piano Sonata No.15 in D major, Op.28 (Pastorale) | Hans von Bülow |
| Encores : [unknown] | Hans von Bülow |
【1889年4月15日の出来事】
・ガルカ・シャイヤー(Galka Scheyer, 1889–1945)
ガルカ・シャイヤー(Galka Scheyer, 1889–1945)は、ドイツ帝国ブラウンシュヴァイク生まれの画家・画商・コレクターで、本名はエミリー・エスター・シャイヤー(Emilie Esther Scheyer)です。のちにアメリカに渡り、カンディンスキー、クレー、フェイニンガー、ヤウレンスキーらを「ブルー・フォー(The Blue Four)」として積極的に紹介し、カリフォルニアを中心にヨーロッパ前衛美術の受容を支えました。
16日(7曲)
| Title | Artist |
|---|---|
| Beethoven: Piano Sonata No.13 in E-flat major, Op.27 No.1 (Sonata, quasi una fantasia) | Hans von Bülow |
| Beethoven: Piano Sonata No.14 in C-sharp minor, Op.27 No.2 (Sonata, quasi una fantasia) (Moonlight) | Hans von Bülow |
| Beethoven: 15 Variations & a Fugue on a theme from Prometheus, Op.35 (Eroica Variations) | Hans von Bülow |
| Beethoven: Piano Sonata No.17 in D minor, Op.31 No.2 (Tempest) | Hans von Bülow |
| Beethoven: Piano Sonata No.18 in E-flat major, Op.31 No.3 | Hans von Bülow |
| Beethoven: 32 Variations on an original theme in C minor, WoO 80 | Hans von Bülow |
| Encores : [unknown] | Hans von Bülow |
【1889年4月16日の出来事】
・チャーリー・チャップリン(Charlie Chaplin, 1889–1977)
1889年4月16日、ロンドン南部ウォルワース付近で、のちに映画『The Kid』『City Lights』などで知られる喜劇俳優・映画監督チャーリー・チャップリン(Charlie Chaplin, 1889–1977)が生まれました。彼はサイレント映画時代を象徴する人物として、20世紀の大衆文化と映画表現に決定的な影響を与えることになります。
・オヴィド・ミュズィンのサンフランシスコ公演
同じ4月16日の夜、サンフランシスコのビジュー劇場ではベルギー出身のヴァイオリニスト、オヴィド・ミュズィン(Ovide Musin, 1854–1929)が演奏会を行いました。国際的な名声を得ていたミュズィンのツアーは、当時のアメリカ西海岸都市がヨーロッパのクラシック音楽とも密接につながっていたことを物語ります。
17日(8曲)
| Title | Artist |
|---|---|
| Beethoven: Piano Sonata No.23 in F minor, Op.57 (Appassionata) | Hans von Bülow |
| Beethoven: Piano Sonata No.24 in F-sharp major, Op.78 | Hans von Bülow |
| Beethoven: Piano Sonata No.26 in E-flat major, Op.81a (Les Adieux) | Hans von Bülow |
| Beethoven: Fantasy in G minor, Op.77 | Hans von Bülow |
| Beethoven: Piano Sonata No.30 in E major, Op.109 | Hans von Bülow |
| Beethoven: Piano Sonata No.31 in A-flat major, Op.110 | Hans von Bülow |
| Beethoven: Piano Sonata No.32 in C minor, Op.111 | Hans von Bülow |
| Encores : [unknown] | Hans von Bülow |
【1889年4月17日の出来事】
・テオ・ファン・ゴッホとヨハンナ・ファン・ゴッホ=ボンゲルの結婚
画商テオ・ファン・ゴッホ(Theo van Gogh, 1857–1891)とヨハンナ・ファン・ゴッホ=ボンゲル(Johanna van Gogh-Bonger, 1862–1925)は、1889年4月17日にアムステルダムで結婚しました。2人の短い結婚生活ののち、ヨハンナはテオと画家ヴィンセント・ファン・ゴッホの書簡や作品を整理・出版し、その後のヴィンセントの国際的評価を決定づける中心的存在となりました。
18日(5曲)
| Title | Artist |
|---|---|
| Beethoven: Piano Sonata No.28 in A major, Op.101 | Hans von Bülow |
| Beethoven: Piano Sonata No.29 in B-flat major, Op.106 (Grosse Sonate für das Hammerklavier) | Hans von Bülow |
| Beethoven: 33 Variations on a Waltz by Anton Diabelli, Op.120 | Hans von Bülow |
| Beethoven: Rondo a Capriccio in G major, Op.129 (Rage over a Lost Penny) | Hans von Bülow |
| Encores : [unknown] | Hans von Bülow |
【1889年4月18日の出来事】
・東京地震と遠地地震観測のはじまり
1889年4月18日、日本の東京近郊で大きな地震が発生し、その地震波がドイツ帝国のポツダムとヴィルヘルムスハーフェンに設置された高感度の自己記録式水平振り子の地震計に連続記録として捉えられました。エルンスト・フォン・レボイル=パシュウィツ(Ernst von Rebeur-Paschwitz, 1861–1895)はこの観測結果を「The earthquake of Tokio, 18 April 1889」と題してNature誌に報告し、世界で初めて本格的な遠地地震観測を実証した例の一つとされています。
1889年4月の録音に関する情報のまとめ
1889年4月は、エジソン式やグラフォフォン式の蓄音機が欧米各地のサロンや学術機関で実演され、詩人の朗読や音楽家の演奏といった文化的な録音が蝋管に残されはじめた時期でした。
同時に、音質向上や再生精度をめざす新しい録音・再生機構の特許出願や改良機の公開が進み、博覧会やデモンストレーションを通じて蓄音機が実験装置から娯楽・ビジネスの媒体へと本格的に移行しつつあることが明確になった月でもありました。
エジソン改良型蓄音機の特許成立
4月2日、トーマス・アルバ・エジソン(Thomas Alva Edison, 1847–1931)による改良型蓄音機に関する米国特許第400,647号が公布されます。回転円筒や録音・再生用サウンドボックスの配置などを整理したこの特許は、のちの商業用ワックス・シリンダー蓄音機の基本設計として位置づけられます。
ロバート・ブラウニングの自作朗読録音
1889年4月ごろ、ロバート・ブラウニング(Robert Browning, 1812–1889)が、友人の画家ルドルフ・レーマン(Rudolf Lehmann, 1819–1905)の自宅での夕食会において、自作詩「How They Brought the Good News from Ghent to Aix」をエジソン蓄音機に向かって朗読録音します。録音は途中で詩の冒頭を忘れて笑いながら謝罪する声まで記録しており、主要な文学者の肉声が比較的良好な形で残った最初期の例とみなされています(資料により録音日は4月7日または5月6日とされていますが、ここでは4月録音として扱います)。
ハンス・フォン・ビューローのボストン・ベートーヴェン連続公演録音
4月15〜18日ごろ、ハンス・フォン・ビューロー(Hans von Bülow, 1830–1894)がボストン・ミュージック・ホールで行ったルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven, 1770–1827)のピアノ・ソナタ連続公演が、エジソン蓄音機を用いた私的ライヴ録音としてワックス・シリンダーに記録されます。これらの円筒は「Acoustic Private Live Recording」として整理されており、著名ピアニストによる大規模コンサートを会場で直接収録したもっとも初期の試みのひとつとされています。
アーデルベルト・テオドール・エドワード・ワンゲマンのボストン録音と新聞報道
エジソン研究所の技術者アーデルベルト・テオドール・エドワード・ワンゲマン(Adelbert Theodor Edward Wangemann, 1855–1906)は、1889年3〜4月にかけてボストンを訪れ、ハンス・フォン・ビューロー(Hans von Bülow, 1830–1894)やハーヴァード大学の作曲家ジョン・ノウルズ・ペイン(John Knowles Paine, 1839–1906)らの演奏をエジソン蓄音機で録音します。4月20日付「Boston Journal」紙の記事「The Newest Phonograph」は、こうした演奏会録音と最新型蓄音機の実演を詳しく紹介し、ボストンの聴衆に録音された音楽のインパクトを伝えています。
ボストン訪問で作られた現存音源(ジョン・ノウルズ・ペイン、EDIS 39836)
国立公園局(NPS)の略伝によれば、テオ・ワンゲマン(Theo Wangemann / Adelbert Theodor Edward Wangemann, 1855–1906)は1889年3〜4月にボストンでハンス・フォン・ビューロー(Hans von Bülow, 1830–1894)らの録音に関わり、その訪問で作られた円筒のうち少なくとも1本が現存します。
現存音源はジョン・ノウルズ・ペイン(John Knowles Paine, 1839–1906)のピアノ演奏として整理され、管理番号(EDIS 39836)で参照できるため、「ボストン録音がすべて伝聞のみ」という誤解を避ける材料になります。
パリ科学アカデミーにおける改良型蓄音機の公開実演
4月23日、トーマス・アルバ・エジソン(Thomas Alva Edison, 1847–1931)自身が、パリの科学アカデミー(Académie des Sciences)で改良型蓄音機を公式に実演し、その性能を学会員の前で示します。フランス語の会議録や後年の技術史・医学史の研究は、このデモンストレーションを、録音された声の保存や医療応用の可能性をめぐる議論の出発点のひとつとして位置づけています。
パリ美術アカデミーでの著名人と蓄音機のセッション
4月27日には、パリの美術アカデミー(Académie des Beaux-Arts)で、作曲家シャルル・グノー(Charles Gounod, 1818–1893)や天文学者ピエール・ジュール・セザール・ジャンサン(Pierre Jules César Janssen, 1824–1907)、オマール公アンリ・ドルレアン(Henri d’Orléans, duc d’Aumale, 1822–1897)らが蓄音機を前に集うセッションが行われたことが、当時の木版画とキャプションから知られています。実演の具体的な録音内容は伝わっていませんが、「1889年4月27日 パリ、美術アカデミーでの蓄音機を囲む著名人たち」として、19世紀末の図像資料や年表の中で象徴的な場面として再生されています。
